弟と共にミラマックスやワインスタイン・カンパニーを創業し、インディペンデント映画の一時代を築いたハーヴェイ・ワインスタイン(Harvey Weinstein)。彼の一連の醜聞を2017年10月5日に初めて報道し、世界的ムーブメントを巻き起こす立役者となったニューヨークタイムズの記者、ジョディ・カンター(Jodi Kantor)とミーガン・トゥーイー(Megan Twohey)の奮闘を描く映画です。
3年前に日本公開された「スキャンダル」で観たように、FOXニュースのロジャー・エイルズやビル・オライリーが1年前に提訴された一件でも、被害者である女性たちが真実を語る難しさ、連携する難しさが加害者を糾弾する上で大きな障害になっていました。本作の事件でもやはりNDAの壁は大きく、その上、第三者であるジャーナリストが沈黙している被害者から証言を引き出さなくてはならないという点が難しさに拍車をかけます。

また、世論の引き込み方も重要です。二人の記者が心配していたのが、この調査報道に関心を持つ人がいるのだろうかということ。もし記事が世間の耳目を集めなかった場合、ハーヴェイ・ワインスタインは断罪されないのみならず、ニューヨークタイムズ紙や関係者を非難し、被害者に報復することでしょう。ですから十分な証拠を集め、言い逃れできないところまで追い詰めなくてはならないわけです。

まず映画の冒頭で、トランプの問題を追求していたミーガンが脅迫され、心を病みそうになる姿を描くことでジャーナリストに対する報復について伝えます。そして、何の対抗手段も持たない被害者たちが、恐怖心を乗り越え、勇気をもって語り始めるまでを丁寧に描いていきます。

元々はジョディが一人で取材していたようですが、セクハラ問題を扱ったことがあるミーガンが産休から復帰して加わり、レベッカ・コルベット(Rebecca Corbett )が指揮する3人のチームで進めていくことになります。打ち合わせに編集主幹のディーン・バケット(Dean Baquet)と副編集長のマット・パーディ(Matt Purdy)が加わるようになり、ビル・オライリーの一件を担当したマイケル・シュミット(Michael S. Schmidt)も関わるようになったことで全紙を挙げてスクープを狙いにいく体制になったことがわかります。

そして被害者たちの証言を集めるのですが、示談金やNDAといった法的な問題と、過去を葬り去りたいという気持ちに阻まれ、なかなか話して貰えません。「スキャンダル」のブログに記したように、ローナン・ファロー(Ronan Farrow)の“Catch and Kill”によると、被害者がジャーナリストに話したネタを買い取って(つまりジャーナリストを買収して)被害者を追い込むようなことも行われていたそうですから、被害者が容易に語らないのも当然と言えるでしょう。

たとえ証言してくれても、たいていの場合、オフレコが前提です。自らの名前を明かして語って貰わなければ記事になりませんし、訴訟リスクを抱えて証拠がないまま報道するるわけにもいきません。それでもミーガンのいう、あなたの過去は変えられないが、あなたが語れば将来の被害者を救えるかも知れない、という口説き文句で少しずつ被害者たちの気持ちを引き寄せていきます。

この映画の良いところは、報道の現場を扱った硬派な社会派ドラマであると同時に、ジョディとミーガンの私生活を適度に折り込み、彼女たちが恐怖したり自信を失ったりする背景である家族との暮らしの大切さをしっかり伝えているところでしょう。ジョディにもミーガンにも娘がいて、その子たちが大人になるまでに世の中を変えたいという、母親でありジャーナリストである彼女たちならではの思いも滲んできます。

行き詰まっていた取材も、ジョディがロンドンに飛び、ワインスタインの元アシスタントだったゼルダ・パーキンスから証拠を受け取ったあたりから動き始めます。ミラマックス社の元従業員であるロウィーナ・チウやローラ・マッデン、女優のアシュレイ・ジャッド、グウィネス・パルトロウ、ローズ・マッゴーワンの協力を引き出し、ワインスタインが8件の和解金を支払っている確証が得られたことでようやく着地点が見えてくるのです。

そのジョディを演じたのは「ニューヨーク 親切なロシア料理店」「ビッグ・シック」の主演女優であり、「ワイルドライフ」で脚本家としての才能も見せたゾーイ・カザン(Zoe Kazan)。

ミーガン役は「プロミシング・ヤング・ウーマン」「未来を花束にして」で闘う女性を演じてきたキャリー・マリガン(Carey Mulligan)。いつも書いていますが良い役者さんですね。「ワイルドライフ」に主演した他、彼女がマーカス・マムフォードと結婚した際にゾーイ・カザンが花嫁介添人を務めるなど、二人は公私にわたる付き合いがあるそうです。

その他、彼女たちの上司レベッカ役で「人生万歳」「マイ・ブックショップ」のパトリシア・クラークソン(Patricia Clarkson)、編集主幹のディーン・バケット役でアンドレ・ブラウアー(Andre Braugher)、被害者のゼルダ・パーキンス役でサマンサ・モートン(Samantha Morton)、ローラ・マッデン役で「博士と狂人」のジェニファー・イーリー(Jennifer Ehle)が出ています。

監督はドイツ人のマリア・シュラーダー(Maria Schrader)。女優として「ソハの地下水道」に出演している他、「アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド」では監督も務めています。撮影は「ハニーボーイ」「ネオン・デーモン」「シルビアのいる街で」のナターシャ・ブライエ(Natasha Braier)。ちなみにニューヨークタイムズのシーンはセットではなく実際のオフィス内でロケしたそうです。

この映画で描かれた報道と、直後の10月10日に公開されたローナン・ファローによるニューヨーカー誌の記事でハーヴェイ・ワインスタインの牙城は崩れ去り、妻ジョージナ・チャップマンも彼の元を去りました。そして、タラナ・バーク(Tarana Burke)が2006年に提唱したスローガンをそのまま使う形で#MeTooムーブメントが世界中に拡がったことはご存じの通りです。

その後、ドナ・ロトゥンノ(Donna Rotunno)のような悪名高い弁護士を雇った甲斐もなく、2020年3月にニューヨークで懲役23年の判決が下り、去年の暮れにはロサンゼルスでも有罪判決が下っています。これにより18年から24年の刑期が加わりますので、現在70歳のハーヴェイ・ワインスタインが生きて刑期を終える可能性はほぼなくなりました。

本作の予告編として被害者たち、ロウィーナ・チウ、ローラ・マッデン、サラ・アン・マッセ、キャサリン・ケンドールの肉声が公開(→Youtube)されていますので、興味のある方はご覧になってみてください。サラ・アン・マッセはニューヨークタイムズ記者のエミリー・スティール役、キャサリン・ケンドールはミラマックス社員の役で本編にも出演しています。
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シー・セッド その名を暴け(She Said)
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