映画「エレファント・ソング(Elephant Song)」

000 一昨年の「わたしはロランス」で知って以来、去年の「トム・アット・ザ・ファーム」、今年の「Mommy/マミー」と、新作を観る度にグザヴィエ・ドラン(Xavier Dolan)監督の才能には驚かされてきました。その彼が主役を演じた本作、自ら監督した「トム・アット・・・」とは異なり、純粋に一人の俳優として参加しています。

ニコラス・ビヨン(Nicolas Billon)による2004年の舞台劇を、ケベック出身のシャルル・ビナメ(Charles Binamé)監督が映画に仕立てたもので、共にフランス語圏で育った人ですが英語作品です。

舞台劇の映画化というと、出演者の演技力に依存するあまり、よく言えば通好み、わるく言えば盛り上がりに欠く作品が多いので、あまり期待しないで観にいったのですが、予想が良い意味で裏切られました。仕掛けの上手い構成と緊張感の高い展開、60年代風の小道具を散りばめた美しい映像、実力派でかためたキャスティングと、非常に完成度の高い作品です。

物語は、行方不明になった精神科医の消息を探るため、その医師と最後に会った10代の患者マイケルから、病院長のグリーン医師が話を聞くというもの。病院の一室が主な舞台ですが、マイケルの成長過程がフラッシュバックし、キューバやアフリカの映像が織り込まれます。

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わざわざ遠方までロケに行って、これっぽちしか使わないの?という短い映像なのですが、これが非常に効いています。まず冒頭のキューバのシーン。オペラ歌手だった母親と過ごした少年時代のマイケルの思い出なのですが、この華やかな映像から病院の殺風景な風景に切り替えることで、いま置かれている状況をマイケルがどう受け止めているか、観客に手際よく示します。

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その際、ステージで母親(演じているのはGianna Corbisieroという歌手)が歌うプッチーニの"O mio babbino caro"も重要。日本では“私のお父さん”という邦題とマリア・カラスの歌唱(映画「グレース・オブ・モナコ」にも使われてましたね)で有名なこの曲は、要するに「結婚できないなら自殺する」と娘が父親に迫る歌なのですが、これが映画のストーリーの伏線になっていて、同時に映画のテーマの一つである父性に意識を向けさせる仕掛けになっています。

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また、もう一つのロケ先である南アフリカのサバンナ。ここではマイケルの実父と本作の題名にある“象”の関係が示され、この青年の心象風景に深く切り込んでいきます。ちなみに“象”については、“象の鼻”と“騙す”の意味を持つTrompeという言葉に引っかけた数え歌を登場させる等、本作の重要なモチーフになっています。

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マイケルを演じたグザヴィエ・ドランは、本人が出演を熱望したというだけあって、まさにはまり役でした。しかし、その不安定さを際立たせているのはグリーン院長を演じたブルース・グリーンウッド(Bruce Greenwood)の泰然とした佇まいでしょう。

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その院長が、ときとしてマイケルに翻弄され、内面を顕わにすることで、二人の関係性が変わっていきます。この変化の果てにあるもの、即ちマイケルが望んでいた結末は映画を観てのお楽しみですが、最後まで意識が逸らされることなく、集中して鑑賞できることは間違いないと思います。

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そして、この二人の密室劇に深みを与えているのが婦長役で出演したキャサリン・キーナー(Catherine Keener)。「キャプテン・フィリップス」や「はじまりのうた」でも重要な脇役として映画を支えていましたが、本作では彼女の存在が、虚実ないまぜに展開するこの映画の軸の部分を担っている感じです。ぜひとも彼女に注目してご覧になってみてください。

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公式サイト
エレファント・ソング

[仕入れ担当]