ぱっとしない邦題ですし、新宿のミニシアター1館のみの上映ですので、予告編を目にした人しか気に留めない類いの映画かも知れませんが、これは間違いなく傑作、一見の価値ありだと思います。
監督はグザヴィエ・ドラン(Xavier Dolan)。1989年生まれといいますから、まだ20代前半ですが、恋愛の深淵を覗き込むかのような脚本といい、エリック・ロメールを思わせるような色彩の扱いといい、かなりの完成度の高さで、「永遠の僕たち」のガス・ヴァン・サントが魅了されたというのも納得です。
映画の舞台は、監督の出身地でもあるカナダのモントリオール。ロランスは国語教師の傍ら小説を書いている青年で、フレッドという個性的なガールフレンドがあり、小説で小さな賞を獲るなど充実した生活を送っています。
彼の30歳の誕生日。サプライズを演出してくれていたフレッドに、ロランスは自らが性同一性障害であることを告白します。今まで男性として生きてきたが、精神的には女性であり、これからは自分の本当の姿である女性として生きていきたいというのです。
当然のようにフレッドは大きな衝撃を受け、自らのアイデンティティを否定されたかのような喪失感を味わいます。しかしフレッドは、今まで築き上げてきた信頼関係で新しいロランスも受け入れられると考え、彼の生き方を支えていく決心をします。
勤務先の学校に女装で通い始めるロランスですが、やはり世間の偏見は強く、さまざまな軋轢があります。
フレッドもまた精神的葛藤を抱えながらロランスと暮らす努力をしますが、乗り越えられない傷を負い、結局2人は別れることに……。
学校をクビになり、文章で身を立てることになったロランス。パーティで出会った男性と結婚し、育児に忙殺されるフレッド。それぞれ違った道を歩んでいた2人が、ロランスの詩集をきっかけに再会します。お互いに対するさまざまな思いが去来し、内面を見つめ直す2人。果たして彼らの愛に真実はあるのでしょうか。
ロランスを演じたのはメルヴィル・プポー(Melvil Poupaud)。「クリスマス・ストーリー」やフランソワ・オゾン監督の「ぼくを葬る」「ムースの隠遁」にも出ていましたが、こういう役柄をこなせる俳優さんだとは思いませんでした。非常に力のある演技で観客をぐんぐん引き込んでいきます。
また、フレッドを演じたスザンヌ・クレマン(Suzanne Clément)は、個性的な風貌や行動とは裏腹に平凡な幸せを求めていた自分に気づき、ロレンスの価値観との狭間で揺れるアンビバレントな心情を巧みに表現しています。
そしてロランスの母親を演じたベテラン女優、ナタリー・バイ(Nathalie Baye)。子どもの頃から特別だったロランスを、理解しながら突き放して育ててきたという母親像のリアルさが、この唐突なストーリーを下支えしている感じです。
このように素晴らしいキャスティングなのですが、さらに言えば、この監督(パーティシーンで出演しています。下の写真)、選曲のセンスも抜群です。
80年代の"Fade To Grey"や"Bette Davis Eyes"から90年代の"Enjoy The Silence"あたりまで、監督自身はリアルタイムで体験していないはずなのに、映画で描かれている時代の空気感を如実に反映する曲(Youtubeにリストがあります)ばかり使われています。
きっと非常に鋭い感覚をもった監督なのでしょう。次作がとても楽しみです。
公式サイト
わたしはロランス(Laurence Anyways)
[仕入れ担当]