15世紀のイングランド王リチャード三世(Richard III)の遺骨発掘の経緯をドラマ化した映画です。専門教育を受けたことのないアマチュア女性が、リチャードに対する強烈な思い入れで周囲の人々を巻き込み、500年にわたって行方不明だったリチャード3世の遺骨を見つけ出します。
お話そのものはシンプルですが、日本人の多くは英国人ほどリチャード3世に馴染みがないでしょうし、彼女と登場人物たちが何故リチャード三世にこれほど執着するのか、このドラマの前提になっている部分が少しわかりにくいかも知れません。事前にネットなどでリチャード3世の伝記や有名なエピソードをおさらいしておいた方が良いでしょう。

有名なところではシェイクスピア劇の「リチャード三世」ですね。この戯曲を通じて、醜悪な姿と狡猾で残忍な性格がパブリックイメージとして定着していますが、本当にそうだったのか、と疑問を抱いたのが、この映画の主人公であるフィリッパ・ラングレー(Philippa Langley)。英国らしいというか何というか、各地にリチャード三世協会(Richard III Society)という団体があって、同じ思いを抱いているリカーディアン(Ricardian)と呼ばれる人たちが集まっています。

エディンバラ在住だった彼女は当地の協会に加わって情報を集め始め、リチャード三世の遺骨は行方不明のままだと教えられます。その遺体は1485年にレスターのグレイフライアーズ修道院(Greyfriars)に埋葬されたという説と、ソアー川(River Soar)に投げ込まれたという説があるのですが、1530年代に宗教改革で修道院が取り壊された後、レスター市長のロバート・ヘリック(Robert Herrick)がその庭に霊廟を建てていたと知り、好奇心がわいてきます。

彼女は離婚して二人の息子を育てており、生計の維持のためにマーケティング会社に勤めていましたが、社内の人事に嫌気が差したのと同時に、リチャード三世の探求にのめり込んだ結果、家族に内緒で会社を辞めてしまいます。ここでいう家族というのは息子たちと元夫のこと。息子たちとの生活があるので仕事を続けた方がいいと言っていた元夫には職場の研修旅行だとウソをついてレスターに赴き、レスター大学の講演会に出席します。
エディンバラからレスターまで鉄道で5時間程度でしょうか。映画ではさっと移動していましたが結構な距離です。ここで排他的なアカデミアの洗礼を受けるのですが、それが却って奏功し、歴史家のアッシュダウン博士(John Ashdown-Hill)と出会います。リチャード三世の姉アンから、現在カナダで暮らす子孫の女性に至るまでのDNAを調査した人で、彼が大学に所属しない民間の研究者であったことがフィリッパに幸いします。
彼から示唆されたのは、人々は旧い修道院の跡地に建物を建てることを避ける、だからリチャード三世が埋葬されているのは空き地になっている筈だということ。フィリッパはレスターの街を歩き回り、社会福祉事務所の駐車場に目を付けます。後から彼女は“何か感じるものがあった”と言っていますが、ある種の勘が働いたのでしょう。

ここからがフィリッパのスゴいところで、彼女は協会員のツテでレスター大学のリチャード・バックリー(Richard Buckley)に協力を求め、レスター市に支援を求めます。X線調査の結果が不首尾で行き詰まった後はクラウドファンディングで資金を集め、結果的に執念で遺骨を見つけ出してしまうのです。

その劇的逆転の主人公フィリッパ・ラングレーを演じたのが、「ブルージャスミン」「シェイプ・オブ・ウォーター」のサリー・ホーキンス(Sally Hawkins)。うまい俳優ですね。とりたてて目立たない市井の女性が、秘めたる情熱に突き動かされていく姿を丁寧に演じています。
彼女が息子と観に行った舞台「リチャード三世」の主演俳優ピート、その後、折に触れて現れ、遺骨探しを導く妄想の中のリチャード三世を演じたのは「博士と彼女のセオリー」のハリー・ロイド(Harry Lloyd)。直感に従って行動したというフィリッパの主張を視覚化しているのですが、この演出を面白いと思うか、奇妙に感じるか、意見がわかれそうです。

その脚本を執筆し、フィリッパの元夫ジョン・ラングレーを演じたのが「あなたを抱きしめる日まで」「イタリアは呼んでいる」「スペインは呼んでいる」「博士と狂人」「グリード」のスティーブ・クーガン(Steve Coogan)で、プロデューサーも務めています。彼の方針なのでしょうが、素人を見下すアカデミアの描き方についてレスター大学から批判されたようです。

ご覧になればわかるとおり、確かにレスター大学の面々は形無しです。フィリッパの成果を横取りする結果となったリチャード・バックリーは終盤でやや救済されますが、教務のリチャード・テイラーは最初から最後まで性悪な人間として描かれますので、不愉快に思ったとしても無理はありません。彼はその後、同じレスターシャーにあるラフバラー大学(Loughborough University)に移りながらも、その経歴に“遺骨発掘の主要なリーダーの一人”と自慢げに記していますので、あながち映画の描写は誤りでもなさそうです。
それにしてもリチャードが何人も登場する映画ですね。監督は「マイ・ビューティフル・ランドレット」から「あなたを抱きしめる日まで」「疑惑のチャンピオン」まで幅広い分野の作品を撮ってきたスティーヴン・フリアーズ(Stephen Frears)。今年82歳になったそうですが、まさに手練れのワザを感じさせる仕上がりでした。

ちなみに発掘現場はレスター市とレスター大学で記念館(King Richard III Visitor Centre)として整備されたようです。
公式サイト
ロスト・キング 500年越しの運命
[仕入れ担当]