車椅子の物理学者、スティーヴン・ホーキング(Stephen Hawking)博士とその最初の妻、ジェーン(Jane Wilde Hawking)の出会いから別々の人生を歩み始めるまでを描いた映画です。ホーキング博士を、健康だったケンブリッジの院生時代から、ALSを発病して車いすの生活になるまで演じたエディ・レッドメイン(Eddie Redmayne)が、今年のアカデミー主演男優賞に選ばれています。
この映画、もちろんホーキング博士の業績にも触れているのですが、中心となるのは、この特異に見える夫婦の間に育まれた普遍的な愛の姿。邦題では「博士と彼女の・・・」と絞り込まれていて、それはそれで1つの見方だと思いますが、万物を対象にした原題の方がより本質を捉えているように感じました。
映画の始まりは、スティーヴン・ホーキングとジェーンの出会いから。ルームメイトのブライアンと一緒に自転車で駆けつけたパーティで、たまたま友人に誘われて来ていたジェーンに惹かれ、二人で話し込みます。
ここでお互いの専攻を説明するのですが、「宇宙学者(Cosmologist)って何?」と訊かれ、「知的無神論者のための一種の宗教(It is a kind of religion for intelligent atheists)」だと答えるスティーヴン。ウィットに富んでいるだけでなく、この2人の立ち位置の違いを簡潔に説明している会話です。
ジェーンは毎週、教会(C.E.)に通い、イベリア半島の中世詩を研究する信心深い学生。一方、スティーヴンは神の存在を否定し、宇宙のすべてを説明できる公式を見つけようとしている学生。お互いの神に対する考え方の違いを尊重し、受け入れられるところが2人のインテリらしさでもありますが、これがジェーンにとってのスティーヴンの存在と、スティーヴンにとってのジェーンの存在の違いを端的に現しているような気がします。
また、なぜ中世詩を研究しているか訊ねられたジェーンが「詩の世界で時間旅行できるから」と答えるシーンも、映画全体を通して描かれるテーマの1つに繋がっています。ホーキング博士が提唱する時間順序保護仮説では過去へのタイムトラベルは不可能としているそうですが、ラストシーンで描かれる、過ぎ去った時間への思いは、あたかもジェーンの信念が博士の学説を押しやってしまったかのようです。
2人は普通の男女と同じように出会い、同じように恋に陥ちます。ちょっと違うのは、スティーヴンがALSを発病してからのジェーンの選択。治療手段がなく、余命2年と宣告されたスティーヴンとの結婚に踏み切るのです。
家庭では3人の子どもをもうけ、研究では目覚ましい業績を挙げたスティーヴンですが、それを支えていくジェーンの大変さは想像に余るところです。
この映画では、精神的に疲弊していくジェーンの姿もきちんと描かれているのですが、そんなときに頼った音楽家ジョナサンを自宅に招き、3人で食事をするシーンは印象的です。うまく喋れず、もどかしがる博士にかわって、淡々と博士の学説を代弁するジェーンの姿は、まるで神の言葉を伝える預言者のよう。彼女のスティーヴンに対する思いは、男女の愛を超越し、一種の信仰に近づいていたのかも知れません。
そんな2人の関係も次第に変化していき、最終的に別々に暮らすことになります。そこでジェーンが涙を浮かべて言う"I have loved you"というセリフ、現在形でも過去形でもなく、完了形なんですね。それまで2人が過ごした長い時間を表現すると同時に、愛することに全力を傾けてきた彼女の頑張りが滲み出ていてとっても感動しました。
映画で描かれた時代の後、スティーヴンは看護婦のエレインと再婚し、ジェーンはジョナサンと再婚するのですが、その後、エレインによる虐待報道などもあってスティーヴンは離婚してしまうわけで、映画の披露式典に参加している2人を見る限り、やはりジェーンとの関係は特別だったのでしょう。ラストシーンの"Look what we made"と並んで、この"I have loved you"は本作を象徴する名セリフでしょう。
ということで、エディ・レッドメインの演技が高く評価されているこの映画ですが、私としては、非常に難しい役どころであるジェーンを演じ切ったフェリシティ・ジョーンズ(Felicity Jones)も同じくらい評価されて良いと思っています。
また、ジェーンの母親を演じたエミリー・ワトソン(Emily Watson)、親友ブライアン役のハリー・ロイド(Harry Lloyd)、博士の父親を演じたサイモン・マクバーニー(Simon McBurney)、共同研究者のロジャー・ペンローズ(Roger Penrose)を演じたクリスチャン・マッケイ(Christian McKay)、ジョナサン役のチャーリー・コックス(Charlie Cox)といった俳優陣も見どころです。
ちなみに、エディ・レッドメインとハリー・ロイドは共にイートン校出身で、エディ・レッドメインとサイモン・マクバーニーはケッブリッジ卒、ハリー・ロイドとフェリシティ・ジョーンズはオックスフォード卒と、やたら高学歴な俳優が揃っているあたりも英国映画らしいところですね。
公式サイト
博士と彼女のセオリー(The Theory of Everything)
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