映画「Hand of God -神の手が触れた日-(È stata la mano di Dio)」

È stata la mano di Dio あっという間に名匠の風格を漂わせてきたパオロ・ソレンティーノ(Paolo Sorrentino)監督。このブログでも「イル・ディーヴォ」「きっと ここが帰る場所」「グレート・ビューティー」「グランドフィナーレ」「LORO 欲望のイタリア」と日本公開作はすべて取り上げてきましたが、とうとう自伝的作品を送り出す立ち位置になりました。アルフォンソ・キュアロン監督が「ROMA ローマ」でコロニア・ローマを描いたのと同じように、自らの経験を素材にしながら1980年代のナポリを描いていきます。

まず冒頭の長回しでこの監督らしさを見せつけます。「グレート・ビューティー」でも観光客で賑わう街路からテラスの歌手に移動していく映像に驚かされましたが、今回は海上からの空撮が波間の船団を追っていると見せかけて、最後はナポリ湾岸を走る旧型のロールスロイス・ファントムにフォーカス。海上と道路上のタイミング調整も大変でしょうが、道路を行き交う車も年式を揃えていて、このタイトルバックだけでもかなり費用がかかっていそうです。

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しかし物語の展開に必要なのはロールスロイスだけ。海岸沿いの道路から街なかに入り、繁華街で停まると後部座席の紳士がバス待ち行列の女性に話しかけます。この女性がパトリツィアで、ソレンティーノ監督をモデルにした本作の主人公、少年ファビエットの叔母であり、永遠のファムファタールです。

ロールスロイスに乗ってやってきたのはナポリの守護聖人である聖ジェンナーロ(ヤヌアリウス)で、パトリツィアを車に乗せると廃墟のような建物に案内します。そこで現れるのがモナシエロ(monaciello)。ナポリで民間伝承されている小さな修道僧のような姿かたちの精霊です。子どもを授かりたければモナシエロの頭にキスするようにと聖ジェンナーロから言われたパトリツィアは言われるがままにキスをし、同時にモナシエロが彼女のバッグに紙幣を滑り込ませます。

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遅い時間に帰宅したことを夫フランコから咎められたパトリツィアは、聖ジェンナーロとモナシエロに会ったと釈明しますが、バッグの紙幣を見つけ、身体を売って得た金ではないかと疑ったフランコが暴力をふるいはじめます。

部屋に逃げ込んで立てこもったパトリツィアが電話でSOSを発した相手が、彼女の姉であり、ファビエットの母であるマリア。夫サヴェリオと共にファビエットが運転するベスパに3人乗りして駆けつけます。どうやらマリアもパトリツィアの話を信じていないようで、彼女は心の病なんだからとフランコを説得し、とりあえず場を収めます。つまりパトリツィアの性的放逸は変えられないということで、ファビエットはそんな彼女に魅了されるのです。

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美しい海と歴史ある街、伝説と信仰、開放的で魅力あふれる女性と、ナポリの魅力を立て続けに見せた後は、当然、大家族での食事のシーン。海沿いの家の庭に設えたテーブルに親族が集まって、フィアンセを連れてくるというサヴェリオの妹を待ち構えています。大人たちは、彼女は不細工な男が好きだとか、40歳を過ぎたら選り好みしていられないとか、好き勝手を言い合い、10代の男の子たちはその男を最初に見ようと双眼鏡で監視しています。

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結局、彼女が連れてきたのは元警察官という太った男。咽頭の手術をしたようで、人工喉頭をのど元にあてて機械的な声で喋ります。愛想も良く、悪い人間ではなさそうですが、その後、全員で自家用ボートに乗った際、パトリツィアは何が気に障ったのか、彼の人工喉頭から電池を抜き取り、海に捨ててしまいます。そしてデッキで一糸まとわず全裸で日光浴するパトリツィア。男の子たちは彼女から目が逸らせません。

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大人も子どもも話題の中心はマラドーナ。ミラノが資金力に飽かせて招聘するだろうとか、ナポリに来なかったら俺は自殺するとか、いろいろ語り合っていますが、映画「ディエゴ・マラドーナ 二つの顔」でも描かれていたように1984年6月29日、SSCナポリへの移籍が実現します。サヴェリオは銀行員なのですが、残業していた同僚が夜更けに電話してきて、SSCナポリの債務保証が決まった、移籍確定だと知らせるほど、街をあげてマラドーナの入団を切望していたのです。

ご存じのようにSSCナポリはセリエAで大躍進し、マラドーナはミラノの新たな神となります。そして1986年6月22日のワールドカップ、アルゼンチン対イングランド戦。アルゼンチンはフォークランド紛争の因縁を晴らす2対1の勝利を収めるのですが、アルゼンチンの1点目がマラドーナの“神の手”、この映画のタイトルに使われている伝説のゴールです。

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同じ年にソレンティーノ監督は両親を失っています。本作ではサヴェリオとマリアがロッカラーゾ(Roccaraso)の別荘に出かけ、暖炉の火による一酸化中毒で亡くなる場面が出てきます。たまたまその日、ファビエット少年はSSCナポリ対エンポリFCの試合を見に行っていて、別荘に同行しなかったおかげで命を失わずに済みました。これが彼を救った“神の手”です。

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ここからは監督の個人的な思い出にフォーカスした部分だと思いますが、16歳で孤児になった少年はさまざまな葛藤を経験します。その一つがシュールレアリズム映画や女優ユリアへの関心であり、アントニオ・カプアーノ(Antonio Capuano)監督との出会いです。結局のところカプアーノ監督の助言を受け入れず、ファビエット少年はナポリを後にするのですが、ソレンティーノ監督は1998年にカプアーノ監督と共同で「Polvere di Napoli」というナポリ界隈を舞台にした5つの短編からなるオムニバス映画を製作しています。

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いたずら好きな母マリア、愛人に私生児を産ませていた父サヴェリオ、役者志望でフェリーニ映画のオーディションを受けていた兄マルキーノ、いつも洗面所にこもっていた姉ダニエラとの幸せな家族の暮らしを失った後、ファビエット少年は密輸業者アルマンドとの出会いや男爵夫人と呼ばれる隣人との関係、精神病院に入ったパトリツィアとの再会を経て映画への道に踏み出していきます。その後のソレンティーノ監督の成功を鑑みると、ローマに向かう車窓から見たモナシエロが宝物を与えてくれたのかも知れません。

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主人公ファビエット役はフィリッポ・スコッティ(Filippo Scotti)、父サヴェリオ役は「イル・ディーヴォ」「グレート・ビューティー」「修道士は沈黙する」のトニ・セルヴィッロ(Toni Servillo)、母マリア役はテレーザ・サポナンジェロ(Teresa Saponangelo)、兄マルキーノ役はマーロン・ジュベール(Marlon Joubert)、パトリツィア役はルイーザ・ラニエリ(Luisa Ranieri)、フランコ役は「ほんとうのピノッキオ」に出ていたマッシミリアーノ・ガッロ(Massimiliano Gallo)が演じています。

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本作の撮影監督はこれまでソレンティーノ作品を手がけてきたルカ・ビガッツィ(Luca Bigazzi)ではなく、ナポリ生まれで「イル・ディーヴォ」や「グレート・ビューティー」で撮影助手を務めていたダリア・ダントニオ(Daria D’Antonio)が担当しています。ルカ・グァダニーノ監督「ミラノ、愛に生きる」でもヨリック・ル・ソーの助手を務めたという1976年生まれの女性だそうです。

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どのシーンもイタリアの魅力に満ちた映画でした。陽光が美しくて、町並みに情緒があって、今すぐ旅行に出かけたくなります。

公式サイト
Hand of God -神の手が触れた日-

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