名匠パオロ・ソレンティーノ(Paolo Sorrentino)監督の最新作です。2008年の「イル・ディーヴォ」と同じくイタリア政界の裏側を描いた作品ですが、こちらにはまったくシリアスさがありませんし、史実と連動する部分はあまり重要ではありませんので、イタリア政治に詳しくなくても楽しめます。
本作を観る前に知っておくべきことは、ベルルスコーニ(Silvio Berlusconi)がたたき上げの成金であること、根っからの女好きであることの2点だけ。そういった彼本来の姿を絡めたイタリアの甘い生活を、ルカ・ビガッツィ(Luca Bigazzi)のスタイリッシュな映像で見せつけてくる映画です。2011年の「きっと ここが帰る場所」からこの監督の作品を製作してきたメデューサフィルム(Medusa Film)が今回手を引いたのは、親会社のメディアセット(Mediaset)がベルルスコーニの会社だから、というウワサもあるこの作品。一種のブラックコメディといっても良いでしょう。

ベルルスコーニを演じたのは「グレート・ビューティー」のトニ・セルビッロ(Toni Servillo)。前髪を抜いて植毛したような額にしただけで顔はまったく似ていないのに、いかがわしい雰囲気を前面に打ち出してベルルスコーニになりきります。描かれている時代は2006年から2009年頃ですので、「イル・ディーヴォ」で演じたアンドレオッティと異なり、マフィア絡みの疑惑は通過済みで、奥方ヴェロニカからロッジP2の過去をほじくり返して嫌みをいわれる程度ですが、それでも闇社会のにおいは消えません。

メインテーマは同監督が前作「グランドフィナーレ」でも描いていた“老い”だと思います。ベルルスコーニも70歳を超えて以前のようにはいかないわけですが、金銭欲と女好きは衰えず、いったん政界の頂点を極めた身としては社会的影響力への執着もあって、なかなか老化を受け入れられません。要するに、見苦しい老人。このタイプの男性にはありがちなパターンだと思います。この映画は、そんな彼につけ込もうと画策する男女が繰り広げるドタバタ劇を軸に展開していきます。原題の“Loro”は“they”とか“them”とかいう意味ですが、それが誰を指すのかはラクイラ地震からエンドクレジットにかけての長回しで明かされます。

南イタリア第3の都市ターラントで政界裏工作を手がけていた実業家セルジョ・モッラが、相棒のタマラと組んで中央を目指します。セルジョが狙うのはベルルスコーニ、タマラが狙うのはベルルスコーニの後釜になろうとする政治家サンティーノ。

キーラというベルルスコーニお気に入りの美女との出会いを足がかりに、サルデーニャ島のベルルスコーニ邸に隣接するヴィラを借りて知遇を得るチャンスを狙います。ちなみにセルジョ・モッラは2009年に逮捕されたジャンパオロ・タランティーニ(Gianpaolo Tarantini)がモデルで、選挙に向けて議員を買収する部分はバルテル・ラビトーラ(Valter Lavitola)の一件をベースにしているそうです。

映画の前半は美女を動員して派手なパーティに興じる場面が続きます。あきれるほどの馬鹿馬鹿しさですが、ルカ・ビガッツィの美しい映像で見せられると何となく受け入れてしまうあたりが不思議です。コールガールと酒と薬にまみれた現代のデカダンスを執拗に映し出していきます。

その頃のベルルスコーニといえば、選挙では宿敵プローディに二度目の敗北を喫し、権力の源だった事業も子どもに譲ってしまって政治からもビジネスからも離れている上に、妻ヴェロニカとの関係まで危機的状況にあります。それでも虎視眈々と政界工作を仕掛けながら、変わらず若い女性を追い求めていくのがベルルスコーニ。まったく共感できない人物ですが、彼に忍び寄る“老い”を描くことで、興味深い人物像を創り上げてしまうあたりがこの監督の持ち味なのでしょう。

ベルルスコーニの取り巻きの美女たちも若いままではいられません。彼が学生のステラに惹かれている姿をみて、自らの価値が下がったことを悟ります。とはいえ、ベルルスコーニもステラから“老い”の現実を突きつけられ、渋々それを受け入れることになるのですが・・・。

ベルルスコーニの妻ヴェロニカ役はエレナ・ソフィア・リッチ(Elena Sofia Ricci)、セルジョ・モッラ役は「輝ける青春」から「二ツ星の料理人」まで様々な作品に出演しているほか「ダリダ」では姉に寄生するブルーノを演じていたリッカルド・スカマルチョ(Riccardo Scamarcio)、その相棒のタマラ役をユーリディス・アクセン(Euridice Axen)が演じています。

その他、キーラ役で「カプチーノはお熱いうちに」「おとなの事情」のカシア・スムトゥニアク(Kasia Smutniak)、ステラ役でいま売り出し中のアリス・パガーニ(Alice Pagani)、政治家サンティーノ役で「人間の値打ち」のファブリッツィオ・ベンティヴォリオ(Fabrizio Bentivoglio)が出ています。

さまざまな場面で半裸の女性が行き交いますので、インフライトムービーには向かないかも知れませんが、豪華できらびやかで気軽に楽しめる作品です。me too ムーブメントの時代に、敢えてこのテーマで勝負してきただけの映像的クォリティを感じますし、トニ・セルビッロの怪演も一見の価値があると思います。どうでも良いことですが、懐かしのラス・ケチャップ“アセレヘ(Asereje)”もかかります。
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