何度も延期され、予告編を繰り返し観てきたせいで、見せ場はほとんど知っていると思っていましたが、さすが007シリーズ、まだまだ見どころがありました。迫力あるシーンが次から次へと展開し、ぐんぐん引き込まれていってしまいます。ストーリーを追うだけでは楽しみの大半がこぼれ落ちてしまうタイプの映画ですので、これはもう劇場の大スクリーンで観るしかありません。
そう考える人が多いようで、私が観に行ったIMAXシアターは最前列までいっぱいでした。映画館も一席空けの制限をやめて平常に戻ってきています。観客のリアクションも映画の一部ですから、こういった大作は満席の大劇場で観てこそ堪能できるというものでしょう。
007シリーズの監督は今回からキャリー・ジョージ・フクナガ(Cary Joji Fukunaga)に変わりました。個人的に監督サム・メンデス×主演ダニエル・クレイグで撮った「スカイフォール」と「スペクター」が好きでしたし、当初、監督就任を取りざたされていたダニー・ボイルの作りにも興味がありましたので、この抜擢に疑問があったのですが、実に素晴らしい仕上がりでした。彼の長編デビュー作「闇の列車、光の旅」と二作目の「ジェーン・エア」しか観ていませんでしたので、私の感覚がついていけてなかったようです。

映画の始まりは雪国で暮らす母子のもとに能面を着けた殺人者が現れる場面。前作を見ていれば少女の名前を聞いてすぐにぴんときますが、マドレーヌが幼かった頃、彼女の父親に恨みを抱いた殺人者に母親が殺され、自らは危ういところで助かったという前日譚が示されます。どちらも親を殺された同士である殺人者とマドレーヌが巡り巡って今回の物語を動かしていきます。

続いては前作「スペクター」のエンディングでダニエル・クレイグ(Daniel Craig)演じるジェームズ・ボンドとレア・セドゥ(Léa Seydoux)演じるマドレーヌが車で立ち去ったその後と思われる、二人が南イタリアのマテーラ(Matera)に滞在している場面です。近くには「カジノロワイヤル」でボンドを救って犠牲になったヴェスパー・リンドの墓があります。ボンドはマドレーヌと新たな世界に踏み出そうとしながらも、ヴェスパーへの思いと悔悟は消し去れないようで、彼女の墓参りに赴くのですが、墓前にスペクターのカードが置かれていて、それに気付いた途端に爆発が起こります。

つまりスペクターは彼の行動を知っており、先回りして爆薬を仕掛けていたということ。マドレーヌへの信頼が崩れ、関係を終える決心をします。
ホテルへ戻る途中ではトライアンフのバイクを使った激しいアクション、二人でホテルを出た後はアストンマーチンでのカーチェイスが展開し、どちらも大きな見せ場なのですが、その後、サプリ(Sapri)駅でフレッチャロッサに乗車する際、マドレーヌが見せる仕草も重要な伏線になります。

時は流れてその5年後。ボンドはMI6を離れ、ジャマイカでひとり静かに余生を過ごしています。ちなみにジャマイカは007映画1作目「ドクター・ノオ」の舞台であり、原作者フレミングが別荘ゴールデンアイ(現在のGoldenEye Resort)を持っていたこともあって、このシリーズとは結び付きの深い場所です。

そこに旧知の盟友、CIAのフェリックス・ライターと彼の同僚ローガン・アッシュが現れ、ロシアの細菌学者ヴァルド・オブルチェフ救出への協力を求められます。
当初は断るのですが、その晩に出会った魅力的な女性ノーミ、実は新たな007に任命されたMI6エージェントなのですが、彼女からプロジェクトヘラクレスの背景を知らされ、手伝うことになります。

プロジェクトヘラクレスというのはMが極秘裏に進めていた兵器開発のプロジェクトで、ウィルスのように感染して特定のDNAをもつ人だけを殺し、その他の人にとっては無害なナノボットをMI6の研究所で作らせていたもの。スペクターはオブルチェフを誘拐し、自分たちの敵のみを殺す武器を作らせようとしていたのです。

ボンドはキューバに行き、レイターから紹介されたパロマというCIAエージェントに会います。スペクターの一味はここでブロフェルドの誕生パーティを開催するとのこと。ブロフェルドは「スペクター」の終盤で大けがをしましたが、収監される際、何らかの方法でバイオニック・アイ(人工眼)を埋め込み、それを使ってロンドンのベルマーシュ刑務所からスペクターを指揮していたのです。

お約束のタキシードを着たボンドとショパールのジュエリーを着けたパロマがパーティ会場に潜入し、これまたお約束のフォーマルウェアでの乱闘になるのですが、そこは抜かりのないブロフェルド、事前にこの展開を読んでいて、ボンドの歯ブラシからDNAを採取し、ボンドのみを殺すナノボットをオブルチェフに作らせていました。しかし、これにも裏があって、実はオブルチェフ、ボンドのDNAの代わりにスペクターの一味のDNAを使ってナノボットを作っていたのです。その結果、会場にまかれたナノボットがスペクターを全滅させます。

なぜオブルチェフがそんなことをしたか。実はオブルチェフは別の組織と繋がっていて、スペクターに誘拐されたこともその組織が仕組んだことでした。彼らの狙いはブロフェルドに復讐し、スペクターを滅ぼして自分たちの組織が新たな世界秩序を構築すること。その組織の首領こそ、ブロフェルドの命令でマドレーヌの父親に家族を殺されたサフィン、マドレーヌが幼少期に出会った能面の殺人者なのです。そのサフィンを「ボヘミアン・ラプソディ」のラミ・マレック(Rami Malek)が演じているのですが、根に持つタイプという感じをうまく滲ませていました。

ローガン・アッシュの裏切りでライターが死に、オブルチェフを奪回されたボンドはロンドンのMI6に赴き、M、ミス・マネーペニー、ビル・タナー、Qと再会します。収監されているブロフェルドを尋問したいと願い出ると、彼は専属の医師にしか会わないとのこと。その医師こそマドレーヌであり、ボンドは5年振りに彼女と再会することになります。そこでブロフェルドから、ヴェスパーの墓の爆破はボンドとマドレーヌの仲を引き裂くために仕掛けた罠だと知らされます。そしてボンドはすべての謎を解くカギであるマドレーヌが暮らすノルウェーへ。

そこで本作の核心が明らかになるのですが、物語の展開としてはサフィンの一味にマドレーヌが連れ去られ、ボンドとサフィンが対決することになります。場所は第二次世界大戦中に軍事拠点だったという、日本とロシアの間の島にあるサフィンの秘密基地。どこかで見たような、と思ったら、地中美術館にそっくりで、モネの絵まで飾られています。実はフレミングの死後に書かれた007シリーズの続編「赤い刺青の男」の舞台が日本の登別と直島で、フクナガ監督は本作のロケハンで直島を訪れたとのこと。その結果、やや施工精度の低い安藤忠雄風セットが作られたようです。ついでながらその内装に使われた112枚の畳を作ったのは西日暮里の森田畳店とのこと。

もちろんセットだけでなく小道具にもこだわっていて、アナ・デ・アルマス(Ana de Armas)演じるパロマのジュエリーは上で記したようにショパールで、ボンドが着ける電磁波を発する腕時計はオメガ。予告編で何度も見たバイクはトライアンフのスクランブラー1200XEで、他にタイガー900も使われているそうです。

こういったプロダクト・プレースメントに使われた商品がミッドタウン日比谷に展示されていて、上記バイクの他、イタリアで乗っていたアストンマーティンDB5とノルウェーのカーチェイスに使われたランドローバー・ディフェンダーがありました。

ネタバレになってしまいますが、最後には英国海軍がHMSドラゴンから発射したミサイルでボンドが残されたまま島が爆破されます。

ジェフリー・ライト(Jeffrey Wright)演じるライターが死に、クリストフ・ヴァルツ(Christoph Waltz)演じるブロフェルドも死に、ボンドもおそらく死んでしまい、レイフ・ファインズ(Ralph Fiennes)演じるM、ナオミ・ハリス(Naomie Harris)演じるミス・マネーペニー、ロリー・キニア(Rory Kinnear)演じるビル・タナー、ベン・ウィショー(Ben Whishaw)演じるQというMI6の主要メンバーが顔を揃えた上にラシャーナ・リンチ(Lashana Lynch)演じる新たな007が登場、そしてビリー・アイリッシュ(Billie Eilish)が「世界は少しぼやけている」で作曲風景を披露していた話題のテーマ曲“No Time To Die”の他にルイ・アームストロング(Louis Armstrong)の“We Have All The Time In The World”まで流れるという、どう考えてもシリーズ終了の雰囲気ですが、映画の最後には“James Bond Will Return”の文字が現れます。どういうからくりで次作を作るのか、早くも期待感を煽っておくところが007シリーズらしいですね。

公式サイト
ノー・タイム・トゥ・ダイ(No Time to Die)
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