クイーンのボーカル、フレディ・マーキュリーの生涯を描いた作品です。英米では“批評家の評価は低いのに大ヒット”と報道されていましたが、きっと批評家の人たちは冴えない試写室でプレスシートを読みながら観たのでしょう。是非とも映画館の大スクリーン&大音響でご覧になってください。どっぷり浸れば浸るほど楽しめる映画だと思います。
映画の幕開けは1985年のライブエイドのステージ。大観衆の前に飛び出すメンバーを映した後、時代はさかのぼり、デビュー前の1970年から時間軸にそって物語が進みます。劇中で流れる数々の名曲が感動を増幅させていく映画なのですが、実は始まる前の20世紀フォックスのファンファーレもエレキギター仕様に変えられていて、その時点から制作者の力の入れようが伝わってきます。
ということで、物語の最初はフレディ・マーキュリーと名乗る前のファルーク・バルサラがヒースロー空港の荷物係をしているシーンから。これはよく知られたエピソードで、本作の公開を記念してブリティッシュ・エアウェイズが実際のヒースロー空港でトリュビュート動画を撮って公開しています(→YouTube)。しかし当時はこれほど和気藹々としていたわけではないようで、彼はペルシャ系インド人(パーシー)なのですが、このときもその後も、何かにつけてパッキー(パキスタン人の蔑称)と呼ばれ罵られることになります。
一方、ブライアン・メイとロジャー・テイラーはスマイルというバンドで活動をしていたのですが、ヴォーカルでリーダー格だったティム・スタッフェル(Tim Staffell)が“このバンドにいてはパブか学園祭にしか呼ばれない”と脱退してしまい、途方に暮れています。そこに彼らのファンだったフレディ・マーキュリーが加わったことで(ジョン・ディーコンは後にオーディションで参加)クィーンとしての活動が始まるわけです。
ちなみに2人をバカにして出て行ったティム・スタッフェルのその後ですが、低迷して音楽から足を洗ったり復帰したりしながら、今もミュージシャンとして活動しているようです(→公式サイト)。この映画のスマイルのライブシーンで使われた曲にも、ブライアンとロジャーに誘われて参加しているとのこと。
4人編成になったクィーンは、オリジナリティの高い楽曲のせいでEMI幹部のレイ・フォスターと衝突を繰り返し、紆余曲折を経て世界から認められていきます。どうでもいいことですが、この映画ではレイ・フォスター役をマイク・マイヤーズ(Mike Myers)が演じていて、そのままでは似ていなかったのかメイクで造り上げています。取り立ててお下劣な役でもないのに、なぜ彼がキャスティングされているのか謎ですね。
そうしてクィーンはスターダムに駆け上がるのですが、フレディ・マーキュリーの私生活は難しい局面を迎えます。最愛のガールフレンドであるメアリー・オースティン(Mary Austin)と暮らしつつも、ゲイとしてのアイデンティティが大きくなり、その狭間で苦悩するのです。
性的に奔放なイメージがあり、そのせいでAIDSを発症することになるフレディですが、精神的には一生にわたってメアリーだけを信頼し続けるわけで、彼のセクシャリティとメンタリティーの特殊性を示すエピソードです。
ついでに記せば、この映画の素晴らしいところはフレディ・マーキュリーの複雑な背景、たとえばパーシーとしての伝統を護ろうとする父親との対立、出っ歯のインド人という外見と自らの美意識とのズレ、インテリで安定した家庭を営む他のメンバーとの意識差、そしてセクシャリティの問題などに光を当て、人物像に深みをもたせているところだと思います。
そういった意味で、フレディ・マーキュリーを演じたラミ・マレック(Rami Malek)の素晴らしさは、フレディが憑依したといわれる迫真のステージパフォーマンス(実際のライブ映像はこちらやこちら)だけではないと思います。4年前に「ショート・ターム」で見たときは特にすごい俳優だと思いませんでしたが、今回の演技にはびっくりしました。
メアリーを演じたルーシー・ボイントン(Lucy Boynton)は「シング・ストリート」のヒロインで、「オリエント急行殺人事件」にもハンガリー貴族の妻の役で出ていました。フレディの愛を受け止めきれず、それでも誠実に接しようとする姿を上手に表現していたと思います。
それから、演技がうまいのかどうかはわかりませんでしたが、ブライアン・メイを演じたグウィリム・リー(Gwilym Lee)も、ロジャー・テイラーを演じたベン・ハーディ(Ben Hardy)もホンモノそっくりです。ジョン・ディーコン役のジョセフ・マッゼロ(Joseph Mazzello)も、その昔、アルバムのライナーノーツで読んだ通りの印象の薄さで、ある意味、似てると思いました。
監督はブライアン・シンガー(Bryan Singer)と表示されていますが、2017年12月にプロデューサーから解任されていますので、本質的には16日間の撮影を行い、最終的な仕上げを行ったデクスター・フレッチャー(Dexter Fletcher)の作品と言えるかも知れません。俳優としての方が有名な人とはいえ、本作の前に監督を務めたミュージカル映画「サンシャイン/歌声が響く街」も、ごくシンプルなストーリーに適度なひねりと深みを加えた後味の良い作品に仕上がっていました。
本作では、フレディの発病時期が事実と異なると批判している記事も目にしましたが、観客の多くを占めるであろうクィーンファンなら誰でも知っている話でしょうし、クライマックスとなるライブエイドの場面に盛り上がりの頂点を持ってくるための演出としてはあれで良かったのではないでしょうか。大切なのは、ファミリーと信じていたバンドメンバーの間にすきま風が吹き(5月の日本公演以降、沈黙を守っていたそうです)、ライブエイドを機に再び結束して最高のステージを見せたという点です。私は公開前夜に行われたIMAX特別上映で観たのですが、クィーンの熱いファンも多いと思われる満席の館内から、終映後に大きな拍手がわき起こっていました。
公式サイト
ボヘミアン・ラプソディ(Bohemian Rhapsody)
[仕入れ担当]