じわっと染みてくる静かな作品です。テーマは進行していく認知症とどう向かい合っていくか。20年の歳月を共に歩んできた同性カップルが、英国カンブリア州の湖水地方を旅しながら、人生の結末の迎え方について模索していきます。
そのカップルを演じたのは、「英国王のスピーチ」のコリン・ファース(Colin Firth)と「ラブリーボーン」のスタンリー・トゥッチ(Stanley Tucci)。二人とも熟達を感じさせる熱演でしたが、残される側であるサムを演じたコリン・ファースの巧さが光ります。ハリー・マックイーン(Harry Macqueen)監督はまずスタンリー・トゥッチに声をかけ、彼の紹介でコリン・ファースに依頼したそうですが、その繋がりが完成度の高さに直結した印象の作品です。

映画の始まりは、コリン・ファース演じるピアニストのサムが、スタンリー・トゥッチ演じる作家のタスカーに車の中で文句を言っている場面から。なぜ荷物のパッキングを手伝わせなかったんだ、忘れ物があっても戻るつもりはないからな、という具合です。
それまで黙っていたタスカーは、この音が聞こえるかい、と応じます。何の音だ訊くサムにタスカーは、聞こえないのかい?僕が君を無視している音だよ、と答えます。
二人の関係とライフスタイルを端的に伝えるこの会話に、ドノヴァンの”Catch The Wind”か被ってきます。正統派フォークの甘いラブソングですが、歌詞の随所に二人の事情がさりげなく投影されていて、この時点で早くも良い映画の予感がしてきます。
タスカーは少し前に認知症の診断を受けたようです。彼を元気づけようとサムが湖水地方への旅を計画し、タスカーはサムの演奏会に絡めた旅なら良いと受け入れたらしいことが判ってきます。なぜ湖水地方かというと、そこがサムの生まれ故郷だから。実家には今も姉のリリーとその家族が暮らしています。

二人は同性カップルですが、周囲から好意的に受け入れられているだけでなく、理想的な関係だと思われているようです。リリーの家に着いた翌日には近所の仲間たちを集めて家庭的なパーティが開かれます。集まった人々の雰囲気をみていると、二人が長年にわたって周囲と良好な関係を築き上げてきたことがわかります。
タスカーの趣味は天体観測で、パーティの晩、リリーの娘に星の話を聞かせます。星が古くなると花火のように爆発し、一瞬だけ明るくなって死に絶えるが、そのときに飛び出したいろいろなものが宇宙を旅して飛来し、私たちの身体を形作っているという話です。この映画のタイトルであるスーパーノヴァ(超新星)はこの大爆発のことで、認知症の先にある死を見つめるタスカーの隠喩になっています。
ややネタバレになってしまいますが、タスカーは意識が明瞭なうちに尊厳を保ったまま最期を迎えたいと思っています。サムはそれに気付きながら、タスカーが生きることを諦めないように仕向けたいと思っています。どちらも相手を愛しているが故なのですが、両方の思いを満たす落としどころはありません。どちらかが折れるしかない切なさをこの映画は淡々と見せていきます。
映画のラストシーンはサムがコンサート会場でエルガーの”Salut d’Amour”を弾いている場面。その直前のシーンでサムが口にする”Let me be with you”がどういうことを意図したものなのか、観客はこの曲を聴きながら思いを巡らせることになります。

これが長編2作目というハリー・マックィーン監督。冒頭のドノヴァンの後で流れるデヴィッド・ボウイ”Heroes”といい、終盤でサムがかけるレコード、トム・ウェイツ”Little Trip to Heaven”といい、選曲の巧みさも持ち味なのでしょう。秋の湖水地方のしっとりした映像と相まって、二人の揺れ動く心を繊細に伝えていきます。
撮影は「家族の庭」「ターナー」「マザーレス・ブルックリン」のディック・ポープ(Dick Pope)、プロダクション・デザインは「ロニートとエスティ」「さざなみ」「アンモナイトの目覚め」のサラ・フィンリー(Sarah Finlay)だそうです。キャストだけでなく、スタッフも映画の雰囲気によく合うベテランを揃えています。

ところで、タスカーが好きだったというサン・ブノワ通りのビストロは、マルグリット・デュラスの行きつけだったあの店のことでしょうか。ドゥ・マゴやカフェ・ド・フロールではなく、裏通りの老舗というあたりにこの二人らしさが表れていると思いました。
[仕入れ担当]