映画「ロニートとエスティ(Disobedience)」

Disobedienceラビの娘として育ちながら、正統派ユダヤ人コミュニティでの暮らしに耐えきれずNYに渡った女性が、父の死で生まれ故郷に戻り、往事の思いが蘇ってくるという物語です。

原作は、2016年の小説「The Power」で注目を集めたナオミ・オルダーマン(Naomi Alderman)が、自らの経験を背景に書いたという2006年のデビュー作。それを「イーダ」「コレット」のレベッカ・レンキェヴィチ(Rebecca Lenkiewicz)が脚色し、「グロリアの青春」「ナチュラルウーマン」のセバスティアン・レリオが監督を務めたという、映画好きには見逃せない作品です。

映画の始まりは、ユダヤ教徒の集会でラビが説法している場面で、語っているのは、神(Hashem)が創り出した3種類の創造物、天使(angel)、獣(beast)、人間(human being)について。

天使は神の純粋な言葉から創られ悪を働く意志を持たない、獣は本能に導かれるのみで、いずれも創造主の命令に従うが、人間は自由な意志、不服従の力(power to disobey)を持つ唯一の創造物だ。神は人間に選択を与えたが、それは特権(privilege)と義務(burden)を伴う、といった内容です。ここまで語ったラビは胸を押さえて倒れ込み、帰らぬ人となってしまいます。

場面は変わってNYのスタジオ。女性カメラマンがハッセルブラッドで入れ墨の男性を撮っているところに、急用だという呼び出しがあり、彼女はロンドンに向かうことになります。

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しかし、数十年ぶりに帰郷した彼女への視線は冷たく、幼なじみのドヴィッドも、表面的には温かく迎えながらも困惑の表情。親族からは厄介者が戻ったと嘆息される始末です。

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居心地の悪さに耐えながら、亡き父からラビの座を受け継ぐドヴィッドと話しているうちに、幼なじみのエスティが彼の妻になったことを知ります。

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子どもの頃からの仲良し3人組でしたので、ロニートは2人の結婚を祝福し、3人の再会を喜び合うのが自然です。しかし微妙な緊張感をはらんだまま時間が進みます。なぜかといえば、その昔、ロニートとエスティの関係が問題視され、ロニートはNYへ、エスティは地元に残って教師の道を選んだという過去があったからです。

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当然、2人の間に起こったことをドヴィッドも知っています。ですから同じことが起こらないように用心していますし、コミュニティの人々に対しても問題が起こらないと言明しています。

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エスティも正統派ユダヤ教徒として暮らしていて、常に地味な服を着て、外出時はウィッグを被ります(イスラム教徒と同じく髪は男性を魅了するという考えのもと、スカーフやウィッグで覆ったり、厳格な信者は剃髪するそうです)。

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ラビだった父の葬儀のために戻ったわけですから、ロニートが会う人々は正統派ユダヤ教徒ばかり。ドヴィッドとエスティの家に居候し、彼らの結婚生活を見続ける日々に我慢できなくなってきます。そんな中で、ふいにエスティと2人で話す機会が訪れ、彼女の思いを知るロニート。2人でロニートの父親の部屋を訪れた際、ラジオから流れ出すキュアーの“Lovesong”のベタ過ぎる歌詞が重なります。

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ロニートを演じたレイチェル・ワイズ(Rachel Weisz)、エスティを演じたレイチェル・マクアダムス(Rachel McAdams)共に、抑えていた気持ちがあふれ出す演技が絶妙です。過去を残したまま去った者と、過去に包まれたまま残った者。立場の違いが交差し、それぞれの思いが絡み合います。

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レイチェル・ワイズもレイチェル・マクアダムスも同性愛の演技は初めてだそうですが、セバスティアン・レリオ監督の演出の妙なのか、撮影監督を務めたダニー・コーエン(Danny Cohen)の巧さなのか、美しく印象的な映像に魅了されます。大木の場面が記憶に刻まれますが、あるがままの姿に戻ったエスティをロニートがカメラに納めるシーンも素敵です。私もX100が欲しくなりました。

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レイチェル・ワイズと、もう一人の重要人物であるドヴィッドを演じたアレッサンドロ・ニヴォラ(Alessandro Nivola)はユダヤ系の血を引いているそうです。そのおかげか、正統派ユダヤ教徒の価値感を否定することなく、冒頭の説法に戻っていく終わり方にも好感が持てました。女性の選択について考えさせてくれる映画です。

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公式サイト
ロニートとエスティ 彼女たちの選択Disobedience

[仕入れ担当]