4年前の「グロリアの青春」で日本でも知られるようになったチリのセバスティアン・レリオ(Sebastián Lelio)監督。前作は常識にとらわれず自由に生きる中年女性のお話でしたが、本作は自由に生きたくても世間の偏見で思うようにいかないトランスジェンダーの物語です。2017年のベルリン映画祭で銀熊賞(脚本)を受賞しています。
舞台は前作同様、チリのサンティアゴ。ウエイトレスをしながら歌手を目指しているマリーナは、中年男性のオルランドと暮らしています。倍ほど年齢が違う年の差カップルですが、チャイニーズレストランで彼女の誕生日を祝ってくれ、イグアスの滝への旅行をプレゼントしてくれる優しい恋人です。しかしここで小さな問題が・・・。
用意していた旅行のチケットが見あたらなくて、どこに置いたか思い出せないというのです。マリーナが歌うクラブに迎えに行く前、サウナに寄ったときはあったはずなのに・・・ということで、旅行に招待すると書いた手紙を手渡し、1週間以内に行く約束をします。
その晩、うめき声を聞いてマリーナが目を覚ますと、ベッドの端でオルランドが苦しんでいます。病院に連れて行こうと、マリーナが鍵を探している間にオルランドが階段で転倒。何とか車で救急外来に運び込みますが、あえなくオルランドは逝ってしまいます。
映画が始まったばかりですので、観客の受け止め方は、サウナに行ったのが引き金になったのか、とか、物忘れは病気の徴候だったのか、といった程度でしょう。しかしこの出だしが実はとても重要で、感動的な終盤に繋がっています。
最愛の恋人を失い、悲嘆に暮れるマリーナですが、それだけで済まないのが、性的マイノリティの辛さ。病院では、家族か?と訊かれて返答に困ります。オルランドの親族とは付き合いがありませんので訃報を伝えることもできません。病院に居づらくなって夜道を歩いていると、警察官に同行を求められ、病院に戻って事情聴取を受けることになります。どれもこれもマリーナがトランスジェンダーであるが故の困難です。
オルランドの電話を探し出して彼の弟ガボに連絡します。ガボが後のことを請け合ってくれたのでひと安心と思いきや、その翌日、職場であるレストランに婦人警官が訪ねてきて、死因を確かめたいと言います。遺体に打撲と出血がみられたので、犯罪の可能性があるというのです。ずっと性犯罪を担当して修士まで取っているので、あなたのような人のことは理解していると言いますが、だからと言って偏見がないわけではありません。場合によっては、直截的な差別をする人より厄介な相手です。
そしてもう一人、厄介な女性がオルランドの元妻ソニア。自分の夫を奪ったマリーナを良く思っているはずがありません。その上、オルランドがトランスジェンダーと交際していたことを家族の恥だと思っているのです。最初は事務的に、車とアパートを明け渡して欲しいと言うだけでしたが、次第に憎しみと蔑みが噴き出してきます。息子のブルーノは最初から偏見丸出しですので、オルランドの親族で若干まともなのは弟ガボだけです。
散々に傷つけられながらも、マリーナには心の拠り所、歌があります。老先生の部屋を訪ね、彼の伴奏で歌うのがヴィヴァルディのアリア“Sposa son disprezzata(私はないがしろにされた妻)”。予告編にもある、倒されそうになりながら逆風に向かっていくマリーナに繋がる場面ですが、この曲を選ぶセンスはこの監督ならではでしょう。
前作でもテーマ曲グロリアで観客を引き込みましたが、本作でも選曲の妙は健在です。たとえば、映画の序盤、マリーナがクラブで歌っているのがエクトル・ラボーの“Periódico de ayer(昨日の新聞)”という1970年代後半のヒット曲。歌詞が全体に対する弱い伏線になっています。ちなみにエクトル・ラボーは、マーク・アンソニー主演で「エル・カンタンテ」という伝記映画が作られたほど人気があったラテン系の歌手です。
また、オルランドとマリーナが二人で踊る場面はアラン・パーソンズ・プロジェクトの“Time”で、エンドロールでも使われていて、しっとりした余韻を残してくれます。その直前にマリーナが決意を込めて歌う曲は、プラタナスの木陰の心地よさを歌ったヘンデルのアリア“Ombra mai fù”ですね。もちろん、邦題の元ネタになったと思われるアレサ・フランクリン“(You Make Me Feel Like) A Natural Woman”も使われています。
映画の中盤、オルランドの車の床で拾った鍵が物語のキーになっていくのですが、この鍵を使うシーンがとても感動的です。ここに至る仕掛けも、その後の展開も素晴らしいとしか言いようがありません。実生活でトランスジェンダーとして暮らしているダニエラ・ベガ(Daniela Vega)の内面が滲み出る最高の見せ場でしょう。彼女は元々オペラ歌手だそうですが、本作の後は女優としても活躍しているそうです。
ガボを演じたルイス・ニェッコ(Luis Gnecco)は「ネルーダ」で詩人ネルーダ、「No」で左派の中心人物を演じていたパブロ・ラライン作品の常連。なおパブロ・ラライン監督は本作にプロデューサーとして参加しています。
また、歌の老先生を演じたセルヒオ・エルナンデス(Sergio Hernández)は「グロリアの青春」で相手役ロドルフォを演じていた人。パブロ・ラライン監督「No」ではピノチェット側近の軍人、「ローマ法王になる日まで」では老いてからの法王を演じていたチリのベテラン俳優です。
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ナチュラルウーマン(A Fantastic Woman)
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