サン・セバスティアン出身のアリツ・モレノ(Aritz Moreno)監督の初長編作品です。サイコ風味のブラックコメディといえば良いのでしょうか。展開はハチャメチャで、風変わりなロマンスがあればエログロの要素もありというジャンル分け不能な映画。ある意味、スペイン映画らしい作品といえるでしょう。
原作はアントニオ・オレフド(Antonio Orejudo)が2000年に刊行した同名小説。本作に原作があるだけでも驚きですが、このとぼけたタイトル(直訳すると、列車で旅する利点)と無茶苦茶な内容でベストセラーになったというのですから驚愕です。オレフドは1963年マドリード生まれ。マドリード自治大学(UAM)卒業後、ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校で博士号を取得し、アムステルダム等での教職を経てアルメリア大学の教授に就任した人だそうです。

さて、映画の内容はといえば、夫をスペイン北部の精神病院に入院させて列車で帰路についた編集者のエルガ・パトが、精神科医だという男性と向かい合わせの座席になり、彼の患者が語ったという話を聞いてしまったのがそもそもの始まり。アンヘル・サナグスティンと名乗るその男は、あなたのことを病院で見かけた、自分の診療方針は患者に自分の話を書かせることだが、少し聞きたくないか?と語りかけます。

最初の一編は、父親の希望に応えて軍に入隊したマルティンという男がコソボの病院に派兵され、世の中のダークサイドを見ることになるというもの。一言でいえば子どもの人身売買なのですが、その一件を上官に訴えたところ、誰も真に受けてくれなくて、問題を抱えた兵士という扱いで除隊させられることになります。
そうして帰還し、ゴミ収集車の作業員をしている兄のことを心配した妹アメリアから、新居のゴミ問題で難儀していたアンヘルのところに手紙が届いたと話が続いていきます。

ところが、途中駅で食事を買いに降りたアンヘルを乗せず列車が出発してしまい、残されたのは患者の話を集めたという赤いファイルのみ。エルガはそれを返そうと、後々アンヘルを探すことになるのですが、ここで一旦、話が切り替わって、彼女が夫のエミリオを精神病院に送り込むことになった経緯が綴られます。

エルガの男性運の悪さを見せていくと思わせながら、どんどん異常な世界に入り込んでいきますのでご用心。この手のスペイン映画に慣れていない方はギョッとするかも知れません。

それと並行して赤いファイルに記されていたというガラテとロサの話が描かれます。これは遺伝子異常で極端な長躯とフニャフニャな身体を持つ男性と片脚の短い女性がパリで繰り広げるロマンスなのですが、ガラテ役はマルファン症候群の男優ハビエル・ボテット(Javier Botet)、ロサ役は「ブランカニエベス」のマカレナ・ガルシア(Macarena Garca)という妙に力の入ったキャスティングの割に、オチはくだらないし、他のストーリーとの関連性が見えてこないし、不思議なパートです。

ということで、エルガとエミリオの異常な世界、アンヘルとマルティンの妄想が入り交じった世界、ガラテとロサの脈絡のない世界が、微妙なバランスを取りながら入れ子になっていきます。ストーリーを説明するとネタバレになってしまうというより、説明すること自体が困難な作品ですので、ご覧になっていただくしかありません。ハチャメチャなスペイン映画がお好きな方にお勧めです。

物語の軸となる編集者の女性エルガ役は「ジュリエッタ」のピラール・カストロ(Pilar Castro)、その夫エミリオ役は「アブラカダブラ」に出ていたというキム・グティエレス(Quim Gutiérrez)、列車の男アンヘル役でエルネスト・アルテリオ(Ernesto Alterio)、帰還兵マルティン役で「雨さえも」「エル・ニーニョ」などの人気俳優ルイス・トサール(Luis Tosar)、妹アメリア役でベレン・クエスタ(Belén Cuesta)、mentira!と叫んでテーブルを割る父親役で「誰もがそれを知っている」の不機嫌な老父ラモン・バレラ(Ramón Barea)が出ています。
[仕入れ担当]