エミール・クストリッツァ(Emir Kusturica)監督、9年ぶりの新作です。この監督らしい笑いと風刺がちりばめられた独自の世界が展開します。
主演は監督自身。「エル・クラン」のパブロ・トラペロ監督が手がけた「セブン・デイズ・イン・ハバナ」の1編への出演など、このところ監督業より俳優業の方が主になっている感もあります。
そしてその相手役、ヒロインは「シチリア!シチリア!」「サイの季節」「007 スペクター」のモニカ・ベルッチ(Monica Bellucci)。周りの男すべてを魅了する女性という役どころとして、この上ないキャスティングなのですが、実は監督が彼女と共演したかっただけなのでは?という気がしないでもありません。いずれにしても、このところ演技の枠を拡げている彼女、モナドが2015年の“BEST 女優賞”に選んだだけあって(?)圧倒的な存在感を見せつけていました。
物語の舞台は、中欧のどこかの国の小さな村。他国との戦争なのか、内戦なのかわかりませんが、日常的に砲弾や銃弾が飛び交っています。監督が演じるコスタはミルクの配達屋で、危険をものともせずロバに乗って前線の兵士たちにミルクを届けています。なぜ前線が恐くないかといえば、父親に関するおそろしい経験をしているから。その経験を部屋の写真立てに入れているあたりから厭世的な性格がうかがえます。
そのコスタを雇っているのは母娘2人で営んでいるミルク屋で、母親はいつも大きな時計の保守に難儀しています。娘のミレナは美しくダンスも上手な人気者。実はコスタに想いを寄せていて、戦争に行っている兄が帰ってきたら、兄妹でダブル結婚式を挙げたいと願っています。その願いを叶えるため、難民の収容施設から兄の花嫁候補を見つけてきます。
この花嫁候補を演じるのがモニカ・ベルッチで、田舎っぽい服を着ていてもゴージャスさは隠せません。それでいてミルク屋で乳搾りの仕事を淡々とこなし、なぜかコスタに惹かれ始めます。一応、共に戦争で悲惨な体験をしたことで心が繋がったということになっていますが、ある種のファンタジーですから、細かい突っ込みを入れても仕方ありません。
そこで突如として休戦協定が結ばれたという噂が流れ、ミレナの兄であるジャガが、サイドカー付きのバイクで帰ってきます。そしてとんとん拍子に結婚式の準備が始まります。
しかし喜びも束の間。翌日、コスタが兵舎に配達に向かうと、途中でヘビに妨げられ、ようやく兵舎に着いたと思ったら兵隊たちは皆殺しにされていています。ミルク屋に戻るとこちらも焼き討ちにあっていて、ミレナ兄妹も殺されています。実はミレナが連れてきた花嫁候補、ある英国将校が恋い焦がれていて、彼女を奪回しようと特殊部隊を差し向けたのでした。
そして、ヘビのおかげで命拾いしたコスタと井戸に隠れていたおかげで助かった花嫁の2人組が、特殊部隊に追われて逃げ惑う展開になります。
いつまでも“花嫁”のままで回りくどい感じですが、モニカ・ベルッチ演じるこの役には名前がありません。エンドロールでもNevesta(チェコ語でBrideの意味)と記されるのみ。このあたりもファンタジー的な仕掛けなのでしょう。
映画の冒頭で、3つの実話と多くのファンタジーに基づいている、と示されますが、おそらく戦争の悲惨さや愚かさを描いた部分はユーゴスラビア紛争を下敷きにしていて、2人の逃避行や随所に登場する動物たちはファンタジーの部分なのだと思います。
ジャガ役は、ベオグラード出身のプレドラグ・マノイロヴィッチ(Predrag Manojlović)。「パパは、出張中!」のパパ役、「アンダーグラウンド」の主人公マルコを演じたほか、「黒猫・白猫」「ウェディング・ベルを鳴らせ!」にも出演している、クストリッツァ監督作品の常連俳優です。
ミレナ役はユーゴスラビア出身のスロボダ・ミチャロヴィッチ(Sloboda Mićalović)。想いを寄せる男をモニカ・ベルッチに奪われるという損な役回りですが、彼女に負けず劣らずの美人女優です。
そして、バックに流れるバルカンミュージックを担当したのは、監督の息子であるストリボール・クストリッツァ(Stribor Kusturica)。監督が率いるノー・スモーキング・オーケストラの一員であると同時に、「ウェディング・ベルを鳴らせ!」などクストリッツァ作品に俳優として出演している人です。本作のプロモーションで監督が来日した折には、同オーケストラを帯同し、Zepp Tokyoでワンナイトのライブを行ったそうです。
公式サイト
オン・ザ・ミルキー・ロード(On the Milky Road)
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