全体を覆う静謐さとは裏腹に、映像の雄弁さが印象に残る作品です。監督はイラン出身のバフマン・ゴバディ(Bahman Ghobadi)。カンヌやベルリンの映画祭で「酔っぱらった馬の時間」や「亀も空を飛ぶ」といった作品が高く評価されてきた監督ですが、2009年公開の「ペルシャ猫を誰も知らない」をゲリラ撮影した関係でイランを離れ、現在はトルコを拠点に活動しているそうです。
本作の背景にあるのは1979年のイラン革命。パーレビ国王を失脚させ、ホメイニ師を中心とするシーア派の法学者たちが実権を掌握した宗教革命ですが、その混乱に端を発した横恋慕の物語が展開していきます。
着想の基になったのは、監督と同じイラン国籍のクルド人、サデッグ・キャマンガール(Sadegh Kamangar)というペンネームで活動していた詩人の体験。イラン革命で捉えられ、27年後に解放されたとき、家族は彼が死亡したと知らされていたいうエピソードを膨らませていったそうです。
また、監督のパートナーであるジャーナリスト、米国生まれもロクサナ・サベリ(Roxana Saberi)も2009年にスパイ容疑で3ヶ月ほどイラン政府に拘禁されていて、その経験もベースにあるとのこと。余談ながら、彼女は父親がペルシャ系、母親が日系ということで、名前からはイメージできない日本的な風貌の人です。
物語のオープニングはイラン革命前のテヘラン。若く美しいミナは、王制下の高級将校の娘です。日頃から彼女を送迎していたお抱えの運転手、アクバルはミナに淡い恋心を抱いていますが、彼女はそれを歯牙にも掛けず、詩集「サイの最後の詩」で著名なクルド人の詩人サヘルと幸せな結婚をします。
しかし、革命が勃発してミナの父は処刑。サヘルは神を冒涜する詩を書いたという容疑で30年の懲役刑に処せられ、ミナも共謀罪で懲役10年の判決を受けます。そこに現れるのが、いつの間にか革命軍に加わっていたアクバルで、自分の権力でミナを救い出すことができると持ちかけますが、彼女の心はサヘルが無事かどうかという一点にしかありません。
その後、獄中でさまざまなことがあった末、ミナは刑期を終えて釈放されます。そして当局からサヘルの死亡通知を受け、彼女は深い悲しみと、獄中で生まれた双子を抱えてイスタンブールに移って暮らし始めます。
実はサヘルが死んだというのは誤報で、彼は2009年に釈放されるとすぐにミナを探しにイスタンブールへ向かいます。そこで彼が知るのは、自分やミナに起こった災いのすべては、アクバルの陰謀によるものだということ。今や語る言葉さえ失ってしまった詩人サヘルは、この呪われた状況に終止符を打つべく、黙々と手立てを進めていくことになります。
そのサヘルを演じたのは、往年のイランの名優で、革命後に亡命したベヘルーズ・ヴォスギー(Behrouz Vossoughi)。居場所を失い、母国語を失った詩人と共通する実体験が、ほとんど何も語らない演技と、悲しみを湛えた表情に反映されているかのようです。
そして、ミナを演じたのはイタリア人のモニカ・ベルッチ(Monica Bellucci)。監督は、肌を露出するシーンがあるのでペルシャ人の女優では難しかったと説明していましたが、彼女以外の女優を起用したらこの映画は失敗したのではないかと思うほど、はまり役でした。
というのも、この物語の基盤をなすのはアクバルのストーカー的な執着心ですので、ミナをリアルに演じるには、佇まいだけで男を狂わせる色香が必要なのです。それを自然に醸し出せる女優といえば、何といってもモニカ・ベルッチでしょう。
唐突に登場する動物たちや、クルド人女性が読み上げる詩など、抽象的な要素を多く取り入れていますが、決して難解な作品ではありません。後でじわっと心に染みてくる良作です。映画館の大きなスクリーン向きの映画だと思います。
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サイの季節(Rhino Season)
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