映画「或る終焉(Chronic)」

00 メキシコ出身の3人の監督、キュアロン、デル・トロ、イニャリトゥが共同で設立したCha Cha Chá Produccionesがユニバーサルと大口契約をしてニュースになってから、もう10年近く経つのですね。3年前にキュアロン、その後2年連続でイニャリトゥがアカデミー作品賞を獲り、その3作すべてに携わったルベツキが3年連続でアカデミー撮影賞に輝いた今、ハリウッドはメキシコの才能なくして成り立たないのではないかという状態です。

このミシェル・フランコ(Michel Franco)は彼らに続く新たなメキシコの才能として嘱望されている監督。1979年生まれの30代で、長編作品はこれが3作目ですが、2作目の「父の秘密」がカンヌ映画祭のある視点部門のグランプリ、本作はコンペティション部門の脚本賞を受賞しています。

原題の“chronic”を直訳すると、慢性的な、常習的な、といったところでしょうか。長患いしている病人の最期を看取る男性看護師を中心に展開する作品で、主演は「グレース・オブ・モナコ」でレーニエ3世、「グローリー」でジョージ・ウォレス知事、「ヘイトフル・エイト」で英国系の死刑執行人を演じていたティム・ロス(Tim Roth)。これらの作品ではスノッブな雰囲気を漂わせていましたが、本作では看護師という役柄上、終始一貫、ひたむきで献身的な人物像を演じていきます。彼の別の面を引き出したかったのか、と思いながら観ていると、看護師の過去が朧気ながら明らかになり、キャスティングの意図が何となく見えてくる作りになっています。

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物語の舞台は米国西海岸のどこかの街。親族と面会していた女性患者を優しく抱きかかえ、彼女のやせ細った身体をバスルームでかいがいしく洗い清める男性看護師の姿が印象的です。その誠実そうな看護師デヴィッドを演じているのがティム・ロスで、患者サラを演じているのがレイチェル・ピックアップ(Rachel Pickup)。「マリーゴールド・ホテル」シリーズで不良老人ノーマンを演じているロナルド・ピックアップの娘さんです。

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ひたすら患者の看護に勤しみ、自分の時間はマシントレーニングやランニングといった身体鍛錬に費やす生活です。サラが最期を迎えると、目立たないように葬儀に参列するデヴィッド。彼女の姪から、叔母の話が聞きたいと頼まれても相手にせず、心を閉ざしたライフスタイルが伝わってきます。

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次に担当するのはマイケル・クリストファー(Michael Cristofer)演じる脳卒中患者の元建築家ジョン。狷介な性格で家族とうまくいっていないようですが、デヴィッドの真摯な態度と洒脱な対応で次第に打ち解けていきます。しかし、それに嫉妬したのか、ジョンのiPadに保存されたポルノなどを理由に、家族からセクハラで訴えられてしまいます。要するに、ジョンをコントロールしようとしているという言いがかり。ジョンと接触することを禁じられ、看護師の派遣会社からも解雇されてしまいます。

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行き場を失ったデヴィッドは、離婚した妻ローラとの間にできた娘ナディアに会いにいき、その土地で、新たに看護の仕事を得ます。今度の患者は末期ガンの女性マーサ。化学療法に苦しみ、嘔吐や失禁で自らの尊厳を失いつつあった彼女は、安楽死の手助けをデヴィッドに依頼します。

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ここでポイントになるのが、マーサとの会話の様子から、彼女はデヴィッドの過去を知っていて、それ故に安楽死の話を切り出していること。また、ナディアが医学生になった理由は、弟の死、つまりデヴィッドの息子の死と関係があり、それに関する会話の中で、デヴィッドが以前、医師だったことが仄めかされます。つまり、不治の病で苦しんでいた息子をデヴィッドが安楽死させ、その咎が今の暮らしに繋がっていることが示唆されるのです。

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終末医療や尊厳死の問題を扱っているあたりはミヒャエル・ハネケ監督「愛、アムール」、死に寄り添う孤独な人物像はウベルト・パゾリーニ監督「おみおくりの作法」を思わせる映画ですが、実のところちょっと方向性が違うようです。ときおりティム・ロスが見せる気高さは、デヴィッドがかつてもっていた自信とエゴの残滓で、その全能感をもって息子の運命を決したことで心に傷を負い、死に囚われてしまう運命論的な映画なのだと思います。

ということで、デヴィッドとナディアが会うあたりから、デヴィッドの業の深さが滲み出てきますので、注目してご覧になってください。ちなみにナディアを演じたサラ・サザーランド(Sarah Sutherland)は、「メランコリア」のキーファー・サザーランドの娘さん。

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BGMなしの静けさと、固定カメラの長回しのよる端正な映像が心に染みいり、衝撃的なエンディングを含め、いろいろと語り合いたくなる映画です。

公式サイト
或る終焉Chronic

[仕入れ担当]