映画「僕たちは希望という名の列車に乗った(Das schweigende Klassenzimmer)」

Klassenzimmer 1956年の東ドイツを舞台に、社会主義国家で自らの意志を貫いた高校生たちを描いた映画です。人間ドラマとしてもとても面白い作品ですが、この時代の東ドイツを見せてくれるという点でも価値ある作品だと思います。1989年のベルリンの壁の崩壊は知っていても、1949年に東西分裂してから1961年に壁が建設されるまでの東ドイツについては、あまり知られていないのではないでしょうか。

50年代後半から東西の格差が開き始め、西側に脱出する人々が増えていったことで、鉄条網による封鎖からコンクリート壁の建設へと進んでいくわけですが、1956年当時はこの映画で描かれているように、墓参りなどの用件で割と自由に西ベルリンに行くことができたようです。そのおかげで本作の主人公である高校生のクルトとテオは、西側のニュース映画でハンガリーの民衆蜂起を知り、RIAS(Radio in the American Sector)のラジオ放送を通じて情報を得るうちにソ連の管理下におかれている祖国の姿に疑問を持ちます。そしてハンガリーの犠牲者に黙祷を捧げようとクラスメートに提案、実行したことが、彼らの人生を揺るがす大きな事件に発展してしまいます。

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この2人、クルトは地方議会の議長の息子、テオは製鉄所の労働者の息子という社会的対極にいるのですが、それが映画の盛り上げに効いてきます。実話ベースの映画ながら、人物像などは大幅に脚色されているそうで、彼らのキャラクター設定を含め、仕掛けの上手さと展開の小気味よさで楽しませてくれます。

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また、ラース・クラウメ(Lars Kraume)監督は舞台を実際に事件が起こったシュトルコー(Storkow)からアイゼンヒュッテンシュタット (Eisenhüttenstadt)、当時はスターリンシュタット、つまりスターリン都市と名付けられていた町に移すことでソ連の影響力を強調します。スターリンシュタットは製鉄所を中心とする計画都市として東ドイツでも飛び抜けて急速に発展した町だそうで、全体主義に反感を抱く若者像にリアリティを与えるためにも、主人公をそのような豊かな地域で暮らす優秀な高校生たちにしたのでしょう。

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そしてもうひとつ、映画の背景として興味深い点は、戦後10年を経たこの頃のドイツでは、ナチス時代に自分たちが何をしていたか、どういう関わり方をしたか、ほとんど語られずにいたということ。高校生であるクルトとテオにとって、自分たちの親の歴史は闇の中なのです。国家の体制も歴史も見えない世界で、高校生たちは教えられたことを盲目的に信じるしかありません。そういったある種の神話に支えられた社会の脆さを滲ませながら物語が展開していきます。

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クルトとテオ以外の重要な登場人物、クラスメートのエリックは、亡父がドイツ共産党の赤色戦線(RFB)闘士だったことに誇りを抱いている関係で、ハンガリーの民衆蜂起(反革命的な行為です)に共感を示すことを拒みますが、映画の後半、実際は父親がナチスに寝返って処刑されていたことが明らかになります。またクルトの父親はその社会的地位からわかるように体制側の人物ですが、その妻の父、つまりクルトの母方の祖父はナチスに所属していたようで、ことある毎に妻の出自を貶します。そしてテオ。彼の父親は家族思いの善良で無骨な労働者として描かれますが、実は1953年の東ベルリン暴動に関わっていたことが終盤で明かされます。

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高校生の正義感に端を発するシンプルな物語に、こういった親世代の隠された物語を重ねることで深みを与えている映画です。そこにテオのガールフレンドのレナを絡めて、若者の群像劇としての面白さも上乗せしていきます。地味な作品ですがエンターテインメントとしても秀逸だと思います。

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原作はディートリッヒ・ガルスカ(Dietrich Garstka)が自らの体験に基づいて書いた同名小説。原題を直訳すると静かな教室という意味で、邦訳も「沈黙する教室」と題されて刊行されています。高校生たちが捧げた黙祷と、その後、首謀者を問い詰められたときに連帯して黙秘したことを暗喩したものでしょう。それに対して映画の邦題は思い切りネタバレしていますが、実際、作者のガルスカは西側に逃れた後に卒業試験(Abitur)に合格し、ケルンなどで教育を受けてルール工業地帯の都市エッセンで教職に就いたようです。

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ドイツ映画ですから有名スターは出てきませんが、国民教育大臣を演じたブルクハルト・クラウスナー(Burghart Klaußner)は「白いリボン」「コッホ先生と僕らの革命」「リスボンに誘われて」「ブリッジ・オブ・スパイ」などに出ているベテラン俳優です。またシュヴァルツ校長を演じたフロリアン・ルーカス(Florian Lukas)は「あの日 あの時 愛の記憶」など、テオの父親を演じたロナルト・ツェアフェルト(Ronald Zehrfeld)は「東ベルリンから来た女」「あの日のように抱きしめて」などに出ている人気俳優です。

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公式サイト
僕たちは希望という名の列車に乗ったDas schweigende Klassenzimmer

[仕入れ担当]