スゴイ映画です。宇宙モノが好きなわけでもないのに、どっぷり浸って観てしまったせいで、帰り道で偏頭痛になってしまいました。おそるべしデイミアン・チャゼル(Damien Chazelle)。初めてこの監督の「セッション」を観たときも衝撃を受けましたが、その10倍の予算をかけてアカデミー監督賞を獲った前作「ラ・ラ・ランド」よりも完成度が高いと思います。ところが本作、今年のアカデミー賞にほとんどノミネートされず、受賞したのは視覚効果賞だけ。ちょっと可愛そうな気がしました。
物語は実話ベースで、宇宙飛行士のニール・アームストロング(Neil Armstrong)が人類で初めて月面に降り立つまでを、家族との生活を織り交ぜながら描いていきます。時代でいえば1962年頃から1969年7月まで、映画「ドリーム」で描かれたマーキュリー計画の後、米ソの競争が激化するなかで引き継がれたジェミニ計画とアポロ計画のお話です。
映画の始まりは、ニールが空軍テストパイロットとしてX-15というロケットエンジンの実験機で飛行中、大気圏突入時のトラブルで危機に陥る場面。すぐ目の前で計器類がガタガタと振動し、耳鳴りするほどの轟音と主観ショットのおかげでパイロットの緊迫感がそのまま伝わってきます。スクリーンを観ているだけで酔いそうです。
無事に着陸できたものの、ニールはその責を負って地上勤務に回されることになります。機体に欠陥があったわけですから異動に対する不満もあるでしょうが、彼が浮かない表情をしている最大の理由はそれではありません。娘のカレンが重い病いを患っていて、その心労がたたっているから。結局、看病の甲斐無く1962年1月に彼女が逝き、ニールは精神的に打ちのめされることになります。
家庭で過ごしているときの静謐な映像と、機体トラブル時の轟音のコントラストが効いています。最終的に静寂な宇宙空間を体験することになるのですが、こういった音の使い方で観客の感情を揺さぶるテクニックが非常に巧みです。
娘を失った後、ニールはNASAの宇宙飛行士選抜試験を受けてジェミニ計画に参画することになります。そして厳しい訓練、実験機のトラブル、同僚の悲劇を乗り越えて、機長としてアポロ11号に搭乗し、月面着陸のミッションを成し遂げるわけですが、こういった脚光を浴びる仕事の裏にも当然のように普通の家庭があります。この監督は、宇宙飛行士の夫婦関係や親子関係を素朴な映像で見せることで、宇宙モノにありがちな無機質な感覚を打ち消し、主人公への共感を膨らませていきます。
ニール・アームストロングを演じたのは「ラ・ラ・ランド」に続く出演となるライアン・ゴズリング(Ryan Gosling)。彼らしい無口なキャラクターが内省的で控えめな印象を与え、一挙手一投足に深みを与えています。なかでも娘を亡くした後の表情はとても感動的でした。それで気持ちを鷲づかみにされた観客たちは、彼の決意に導かれて宇宙空間に連れ出され、トラブル遭遇時の地獄を共に味わうことになります。個人的には「ブルーバレンタイン」に匹敵する名演だったと思います。
その妻ジャネット役は「蜘蛛の巣を払う女」でリスベットを演じていたクレア・フォイ(Claire Foy)。夫が危険な仕事に立ち向かい、夫の同僚の妻が未亡人になっていくのを目の当たりにしながらも、妻としてそれを支えるしかないという立ち位置をリアルに演じていました。強い意志をたたえた目が良いですね。
脚本は「スポットライト」でアカデミー賞を受賞したジョシュ・シンガー(Josh Singer)。「ペンタゴン・ペーパーズ」でも共同脚本を手がけていますが、実話ベースが得意なのでしょう。次作は作曲家のレナード・バーンスタインをブラッドリー・クーパーが演じるドラマだそうで、そちらも期待できそうです。
[仕入れ担当]