少年院を仮出所した青年が、田舎の教会で新任の司祭と勘違いされ、司祭のフリをしているうちに村人の心を掴んでいってしまうという物語です。
実話にインスパイアされた設定だそうですが、ヤン・コマサ(Jan Komasa)監督いわく“ポーランドでは聖職者になりすます事件は日常茶飯事”とのことで、特定の事件に由来するものではないとのこと。昨年のアカデミー賞の国際長編映画賞にポーランド代表として出品され、「パラサイト」「レ・ミゼラブル」「ペイン・アンド・グローリー」などと共にノミネートされただけあって、物語の仕掛けといい、役者の演技といい、とてもレベルの高い作品です。
主人公のダニエルは殺人罪で少年院に入れられている20歳の青年。院内でのふるまいを見る限り、更生しているか怪しいところですが、宗教には何か感じるものがあるようで、担当の神父トマシュからは信頼を得ているようです。
同じ院内には彼に恨みを抱いているボーヌスという青年がいて、映画の冒頭でトラブルになりますが、どうやらダニエルに弟を殺されたらしいということが後々明らかになります。共に血気盛んで暴力的という少年院内らしい構図です。
彼との抗争が始まるかと思いきや、ダニエルはその直後に仮出所になります。その晩は不良少年らしくクラブで酒色にふけって憂さ晴らしをしますが、製材所で実習を行うことになっていますので、すぐに遠方の田舎に向かいます。その際、バス内でタバコを吸って他の乗客から咎められるのですが、この乗客は後でもう一度登場しますので顔を覚えておいた方が良いでしょう。

製材所をやり過ごして近くの教会に入り、マルタという少女と知り合います。この村に来る若者の多くは少年院から製材所に送り込まれる人のようで、マルタは当然のように”製材所に来たの?”と訊ねますが、ダニエルはなぜか“自分は神父だ”と答え、怪訝な顔をするマルタにバッグからキャソックを出して見せます。これは前夜のクラブでもコスプレ的に着て見せていたものですが、なぜ彼が司祭の服を持っているのかは特に説明されません。

それを見て新任の神父と思い込んだマルタが、教会の世話をしている母リディアに取り次ぎ、現任の神父ヴォイチェフと会うことになります。さすがにマズいと思ったのか、ダニエルは部屋から逃げだそうとするのですが、窓が開かず、結局、トマシュと名乗って新任の神父のふりをし続けることに。

さらに間の悪いことに、実はヴォイチェフはアル中で、教会をダニエルに託して隣町に治療を受けに行ってしまいます。少年院でミサの手伝いをした程度ですからほとんど知識もありません。スマホで一夜漬けして何とかごまかした気分になりますが、村人たちは不審げです。

村の辻にある小さな祭壇を見たダニエルは、少し前に村人7人が亡くなる事故があったことを知ります。しかし飾られている写真は6人。残りの1人はスワヴェクというトラック運転手で、彼が飲酒運転をして若者たちの自動車と衝突し、6人の命を奪ったのだと聞かされます。村人たちの反対で、スワヴェクは町の墓地に埋葬されず、いまだ遺骨が未亡人エヴァの元にあるとのこと。彼女は孤立して家に閉じこもっていて、ミサにも来ていません。

なぜかこの件がダニエルの心を捉え、傷ついた村人たちの心を癒し、エヴァとの宥和を図るべく行動し始めます。宗教というより一種のカルトですが、彼の情熱に突き動かされる形で村人たちがダニエルを受け入れていきます。とはいえ村人全員が彼に賛同するわけではありませんし、村長であり、製材所のオーナーでもある地域の有力者、バルケビッチからも“済んだことを蒸し返すな”と圧力をかけられます。

それにもかかわらず、事故の真相に関する情報を犠牲者の妹であるマルタから明かされたダニエルは、スワヴェクの埋葬を村人に説得しようと心に決めます。そのタイミングが本作の原題である“聖体の祝日”(5月の終わりから6月に行われる移動祝祭日)で、これが偽神父ダニエル(トマシュと名乗っていますが)のひとつのゴールになります。

しかし、少年院帰りの不良少年ダニエルのゴールはその先にあります。バルケビッチを跪かせるだけでなく、その他にもケリを付けなくてはいけないことがあるのです。それまでダニエルのウソがいつ見破られるかハラハラして見ていた観客は、エンディングに向けて別の次元の緊張感に引き込まれていくことになります。

もちろん本作の最大の見どころはダニエル役のバルトシュ・ビィエレニア(Bartosz Bielenia)の表情と演技。不良少年の役を演じながら、その不良少年が演じる神父の役も演じなければならないわけで、二重の演技が必要になりますが、それを非常にバランス良くこなしていると思いました。

そしてマルタ役のエリザ・リチェムブル(Eliza Rycembel)。彼女と母親リディアの関係、亡き兄とのやりとりが、バルトシュ・ビィエレニアの一人芝居のような展開に緩急をつけ、物語にふくらみをもたせています。

ロケ地はポーランド南部、スロバキアにほど近いヤシリスカ(Jasliska)だそうですが、ひなびた村の風情も良い感じです。google mapで検索してみたら、映画そのままの景色が広がっていました。
公式サイト
聖なる犯罪者(Corpus Christi)
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