映画「レ・ミゼラブル(Les Misérables)」

LesMiserables 昨年のカンヌ映画祭で審査員賞に輝き(パルムドールは「パラサイト」)、週末に発表されたセザール賞では作品賞、編集賞、観客賞と併せて、ラジ・リ(Ladj Ly)監督と共同で脚本を執筆し、重要なキャストを演じたアレクシス・マネンティ(Alexis Manenti)が有望男優賞(meilleur espoir masculin)に選ばれた作品です。今回のセザール賞ではロマン・ポランスキーの新作が最多ノミネートとなった上に監督賞を獲り、いろいろ騒動 になったようですが、この「レ・ミゼラブル」が最高賞に選ばれたことで関係者も安堵したことでしょう。

フランスのリアルを描いたこの作品。パリ郊外のモンフェルメイユ(Montfermeil)を舞台に、未来への希望を失った若者たちと、彼らの放逸を強権的に抑え込もうとする警察官たちの姿を描いていきます。たいへん素晴らしい作品ですが、まったくカタルシスはありません。暗澹たる気持ちを抱えて映画館を後にすることになると思います。

モンフェルメイユというのはパリの約20km東、シャルルドゴール空港の約10km南と言えば概ねの位置がわかるでしょうか。ヴィクトル・ユーゴーの「レ・ミゼラブル」で、コゼットが預けられる強欲な宿屋がある町として登場する場所ですが、近年では2005年の暴動のきっかけとなったクリシー=ス=ボワの事件、警察官から職務質問を受けた移民の少年が変電所に逃げ込み、変圧器に触れて死亡した事件があった近隣エリアとして知られているそうです。この事件では、若者2人を死に追い込んだ警察への怒りが車への放火に繋がり、それを鎮圧する立場だったサルコジ内相(当時)が若者たちをゴロツキ(Racaille)呼ばわりしたことで全国的な暴動に拡大して、1ヶ月あまりの間に1万台以上の車が燃やされました。

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本作のカンヌ受賞を祝い、監督の地元でもあるモンフェルメイユで上映会を開いた際、マクロン大統領を招待したそうですが、体よく断られたそうです。サルコジといい、マクロンといい、こういった人たちの意識や態度が問題を悪化させているわけで、ここ何年かパリに行っている人なら誰でも感じているように、フランスの格差問題は深刻さを増すばかりです。この映画は、当地で2008年に起こった警官の暴力事件を下敷きに、閉塞感ただよう郊外(バンリュー:Banlieue)で暮らす若者たちを鮮烈に描いていきます。

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前置きが長くなりましたが、映画の始まりは2018年のワールドカップをパリのパブリックビューイングで観戦する若者たち。シャンゼリゼ通りがトリコロールで埋まり、フランス国民が一体になった瞬間です。とはいえ、移民の少年たちの希望の星はエムバペ。グリーズマンではありません。この立ち上がりで、現代フランスが抱える矛盾をさらっと示せるのがラジ・リ監督の巧さでしょう。

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少年たちが暮らすのは、モンフェルメイユのボスケ(Bosquets)という公営団地。場所は違いますが2015年のパルムドール受賞作「ディーパンの闘い」と似た環境です。ほとんどがアフリカからの移民二世で、階ごとに概ね出身国が分かれるそうですが、いずれにしても有色人種。地回りのような一団が域内を仕切り、イマーム風の前科者が少年たちに説教します。幼い子どもたちは元気に遊ぶだけですが、ある程度の年齢になれば自分たちが差別の対象であることに気付いています。

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そんな町にシェルブールから赴任してきた警察官のステファン。白人のクリス、黒人のグワダと3人組でBAC(Brigade anti-criminalité)のパトロール任務に就きます。BACというのは、公営団地や低所得者用住宅といったセンシティブなエリアで防犯と治安維持を担当する部隊のようです。

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着任時にジャンヌ・バリバール(Jeanne Balibar)演じる上司から、クリスがキレやすいことを言い含められますが、パトロール開始早々、職務質問した女子中学生と悶着を起こし、止めに入ったステファンに逆ギレする始末。そして、市長(Maire)を自称する地回りや、ハイエナとあだ名されている極道などを紹介し、裏社会の顔役とうまく付き合えと吐き捨てます。

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ボスケの前では、アフリカ系の住民たちと、サーカス巡業中のジタン(ジプシー)が揉めています。ライオンの子どもを黒人少年に盗まれた、24時間以内にサーカス団に返さなければ報復するという話。BACが間に割って入り、クリスが早期解決を約束します。ちなみに流浪しながら車上生活を送るジタンは、バンリューのギャングより危険な存在です。

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クリスはSNSを検索し、イッサという少年がライオンの子どもを抱いている写真を見つけます。早速、彼を捜し出して追い詰めるのですが、周りの少年たちが投石で対抗し、咄嗟にグワダが撃ったLBD(防御弾発射装置)のゴム弾がイッサの顔に命中してしまいます。さらに悪いことに、空中にはドローンが飛んでいて、誰かに撮影されていたことがわかります。

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ステファンはイッサを病院に運ぼうとしますが、クリスはそれを拒否し、ドローンの持ち主を突き止めて事故のもみ消しを図るのが先だと主張します。そしてバズという少年が持ち主で、前科者のムスリム、サラが経営するケバブレストランにいることを突き止めます。クリスは力づくでSDカードを取り上げようとしますが、ステファンが憤るサラをなだめ、少年たちの安全を保証してその場を収めます。

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そうしてライオンの子どもを返し、イッサには転んで怪我したことにするように言い含め、BACの3人はそれぞれ自分たちの生活に戻っていきます。これで一件落着かといえば、もちろんそんなことはなく、フランス社会の闇が姿を現していくのですが、それはご覧になってのお楽しみということに。

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エンディングには、ヴィクトル・ユーゴーの「レ・ミゼラブル」から次の一節が引用されます。
il n’y a ni mauvaises herbes, ni mauvais hommes, il n’y a que de mauvais cultivateurs. (世の中には悪い草も悪い人もいない、ただ育てる者が悪いだけ)
モンフェルメイユの失業率は70パーセントだそうです。そこで育つ子どもたちの環境が変わらない限り、いつまでも不満と暴力が連鎖していくことでしょう。

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ステファン役を「ダンケルク」や「告白小説、その結末」に出ていたダミアン・ボナール(Damien Bonnard)、クリス役を脚本のアレクシス・マネンティ、グワダ役をジェブリル・ゾンガ(Djebril Zonga)が演じています。鋭い視線でイッサを演じたイッサ・ペリカ(Issa Perica)、怯えを漂わせてバズを演じたアル・ハッサン・リ(Al-Hassan Ly)は本作が初出演。多くの子役たちはこの地域で育った普通の子どもだそうですが、暴力シーンをどう演じれば良いかみんな判っているという監督の言葉が彼らの日常を偲ばせます。

公式サイト
レ・ミゼラブルLes Misérables

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