エルトン・ジョンのバイオグラフィーです。「ボヘミアン・ラプソディ」を完成させたデクスター・フレッチャー(Dexter Fletcher)監督の作品だと宣伝されていますが、どちらかというとその前々作「サンシャイン/歌声が響く街」に似たスタイルのミュージカル映画で、「ボヘミアン・ラプソディ」とはまったく毛色が違います。
どう違うかというと、観客を楽しませるための演出より、エルトン・ジョンの主張や釈明が優先されていること。本人がまだ生きていて、エグゼクティブ・プロデューサーまで務めていますので、こうなってしまうのは仕方ないのでしょう。特にエンディングは“いろいろ大変だったけど、よく頑張ったね”というエルトン・ジョンに対する共感の醸成に向かいますので、「ボヘミアン・ラプソディ」のような盛り上がりもなければ、観た後の爽快感もありません。
だからといって、ダメな作品ということではなくて、出演者たちの演技がたいへん素晴らしい上に、エルトン・ジョンの人生もなかなか興味深く、十分、観るに値する映画だと思います。

演技力でいえば何といっても主演のタロン・エガートン(Taron Egerton)。ミュージカル映画ですから、歌をベースに物語が展開していくわけですが、彼はコンサートシーンをはじめ多くの場面で数々のヒット曲を歌い上げた上、精神的に不安定になりがちなエルトン・ジョンの内面をリアルに表現していきます。「キングスマン」のチンピラ役で終わる人ではなさそうです。

そういえば「キングスマン」の続編にはエルトン・ジョン本人が出ていましたが、あれは一種のティーザー広告だったのでしょうね。彼も70代に入っていろいろ思うことがあるのか、去年はジョン・ルイス百貨店のクリスマスCM(→Youtube)に、自分史を振り返る役で登場していました。描かれているエピソードの多くが本作「ロケットマン」と重なっていますので、映画を観た後に比べてみると面白いかも知れません。どちらもパートナーであるデヴィッド・ファーニッシュ(David Furnish)がプロデューサーとして参加しています。

映画では、両親からの愛に恵まれなかったレジナルド・ドワイト(通称レジー)が、持ち前の音楽の才能とエルトン・ジョンという名前で人生を切り拓いていき、転落を経て復活するまでが描かれます。そこで彼の精神的支柱になるのが作詞家バーニー・トーピンで、演じているのは子役時代に「リトル・ダンサー」で注目を集めたジェイミー・ベル(Jamie Bell)。あのとき10代前半だった彼も既に30歳を過ぎ、離婚と再婚を経たそうで、雰囲気はずいぶんと変わっていますが、ときおりみせる表情に少年時代の面影を感じます。ちなみに本作も「リトル・ダンサー」も脚本はリー・ホール(Lee Hall)です。

そしてもう一人、公私にわたるパートナーだったジョン・リードを演じたのが「ゲーム・オブ・スローンズ」のリチャード・マッデン(Richard Madden)。このジョン・リード、とんでもなくヒドイ人間として描かれているのですが、実は「ボヘミアン・ラプソディ」でフレディ・マーキュリーにソロにならないかと持ちかけ、グループを不和に導くジョンと同一人物です。気になって調べてみたら、どうやらまだご存命の様子。2作連続でこれほど無茶苦茶に描かれ、ご愁傷様としか言いようがありません。

ついでに記せば、エルトン・ジョンが最初に契約するDJM Recordsのディック・ジェームスは、本作でもイヤミな感じで描かれていますが、ビートルズのデビュー時に若いポールたちを言いくるめ、自分に有利な契約をして甘い汁を吸った(ポールたちを苦しめた)人物です。演じているのは「裏切りのサーカス」に出ていたスティーヴン・グレアム(Stephen Graham)。その他、ミュージックシーンの有名どころではL.A.のクラブ、トルバドゥール(Troubadour)創設者であるダグ・ウェストンが出てきます。演じているのはテイト・ドノヴァン(Tate Donovan)で、「アバウト・レイ」で出て行った父親、「マンチェスター・バイ・ザ・シー」でホッケー・チームのコーチを演じていた人です。

エルトン・ジョン、というか少年時代のレジナルドにとって厄介な存在だった家族。最後までさまざまな面で存在感を発揮し続ける母親シーラを演じたのはブライス・ダラス・ハワード(Bryce Dallas Howard)で、「ヘルプ」で主人公と衝突する婦人会のリーダーを演じていた人。父親スタンリーを演じたスティーヴン・マッキントッシュ(Steven MacKintosh)も英国のベテラン俳優ですが、その昔はデクスター・フレッチャー監督と「ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ」で共演したそう。理解者だった祖母アイヴィーを演じたジェマ・ジョーンズ(Gemma Jones)は「ブリジット・ジョーンズ」の母親役で有名ですが、「恋のロンドン狂騒曲」ではアンソニー・ホプキンスの元妻を演じていました。

個人的にいちばん驚いたのは、エルトン・ジョンのヒット曲の多さ。映画のエルトンも「1975年からの自分はクソだった」と語っていましたが、わたしが洋楽を聴き始めたころの彼は既に過去の人で、関心を持ったこともアルバムを買ったこともありません。それなのに、冒頭から何度も曲調を変えて使われるGoodbye Yellow Brick Roadはもちろん、最初に歌って踊るThe Bitch Is Backから復活シーンで使われるI’m Still Standingまでほとんどの曲を知っていて、これだけキャッチーな曲作りをずっと続けているというのはスゴイと改めて感心しました。

[仕入れ担当]