エル・ファニング(Elle Fanning)がトランスジェンダーの少女を演じて話題になった映画です。当初は2016年1月の公開予定だったものの、本国で上映延期になったため日本でも急遽キャンセルとなり、2年遅れでようやく公開されました。
娘の決断に揺れる母親役にナオミ・ワッツ(Naomi Watts)、その母親役にスーザン・サランドン(Susan Sarandon)という鉄壁のキャステングに、「リトル・ミス・サンシャイン」や「サンシャイン・クリーニング」をヒットさせている Big Beach の制作。カンヌでの反応も良かったようで、ワインスタイン・カンパニーが600万ドルで買い付けたと報道されていましたが、トロント映画祭の直後に急に全米公開をとりやめたので、同社が配給した「キャロル」や「ヘイトフル・エイト」とオスカー争いにならないようにタイミングをズラしたと噂されていました。
そんな紆余曲折を経てようやく陽の目を見たこの作品、原題は最初の公開予定時に付けられた“About Ray”から、制作時のタイトルだった“3 Generations”に戻されています。邦題は2016年のままですが、内容的には、主人公レイの物語というより、祖母、母、娘の三世代を描いた家族の物語です。
映画の始まりは、男性として生きていくためにホルモン治療を受けようとするレイが、母マギー、祖母ドリー、その恋人フラニーと並んで医師から説明を受けている場面。16歳のレイが治療を受けるためには保護者の承諾が必要なのです。
それまで少女ラモーナとして扱われてきたレイは、転校を機に、心の性と身体を合わせたい思ってます。しかし、母マギーは承諾書にサインする勇気を持てません。レイの決心が、思春期にありがちな一時的な心の迷いではないかという不安を拭えないのです。もしここでサインしてしまったら、ラモーナに戻りたくなっても、そのときは女性の機能が働かない可能性があります。
また、別れた夫クレイグとの関係もあります。夫といっても結婚していないのですが、ラモーナの出生届で父親となっている以上、両親の承諾というと彼のサインが必要になるのです。しかし、訳あって何年ものあいだ接触なく、住所を調べるところから始めなくてはいけません。その上、急に訪ねていって簡単に説明できるような話ではありません。
祖母のドリーはマギーを産んだ後でカミングアウトしたレズビアンで、現在は恋人のフラニーと暮らしています。自分の時代にはレズビアンと公言するだけでも大変だったのに、今はどんな生き方も許される良い時代になったという立ち位置ですが、だからといって、トランスジェンダーに理解があるわけではありません。女性のことが好きならレズビアンとして生きればいい、身体を変える必要はないという考えです。
ということで、舞台となるNYの家には女性4人が暮らしていて、それぞれ個性的な人たちですので、何かというと衝突します。また、性的マイノリティでないのはマギーだけなのですが、そのマギーにも問題があってそれが物語を引っ張っていきます。
ちなみに映画の中盤、レイがマギーに向かって“またチャズ・ボノのビデオを観てるの?”と訊く場面がありますが、チャズ・ボノというのはシェールの娘だった人。40歳で男性になったのですが、そのドキュメンタリーが“Becoming Chaz”(YouTube)というタイトルで売られてます。
当然というか、エル・ファニングの演技は一見の価値ありでした。シスジェンダー(cisgender)である彼女がトランスジェンダーを演じたという批判もあるようですが、そんな狭量な見方を一蹴できる、迫真の演技だったと思います。
とはいえ、この映画の見どころはそれだけではありません。三世代の母娘が、価値観の違いを抱えながらも家族として暮らしていくという普遍的なテーマを、小気味の良いセリフ回しでみせてくれるところが魅力です。大都会で暮らす女性らしいウィットに富んだ会話を聞きながら、心地良く笑えます。特にナオミ・ワッツとスーザン・サランドンの応酬はリアルでおかしくて最高です。
脚本・監督はロンドン生まれのゲイビー・デラル(Gaby Dellal)。90年頃まで女優として活躍していた人だそうです。
主な出演者としては、上記の他、フラニー役をリンダ・エモンド(Linda Emond)が演じた他、クレイグ役をテイト・ドノヴァン(Tate Donovan)、その弟マシュー役をサム・トラメル(Sam Trammell)が演じています。
公式サイト
アバウト・レイ 16歳の決断
[仕入れ担当]