ジョン・レノン&ヨーコ・オノが、ZigZag誌に載った若手ミュージシャンのインタビュー記事を読んで1971年に送った手紙を、当のミュージシャンが34年の歳月を経て手にしたというエピソードに触発されて創作された映画です。
実話の主は英国のフォーク歌手スティーヴ・ティルストン(Steve Tilston)ですが、映画の主人公は米国のロックスターですし、手紙を落手した時期も40年後、つまり2010年代に変わっていて、上記エピソードを除けば設定もストーリーも実話とは関係ありません。純粋にコメディタッチのドラマとして楽しめるフィクションです。
主人公のダニー・コリンズは、既に初老に差し掛かっているとはいえ、往年のヒット曲“Hey Baby Doll”を引っさげて全米をツアーする現役ロッカーです。映画の冒頭、満席のグリーク・シアター(Greek Theatre)で熱唱するシーンは圧巻ですが、これは2013年7月に行われたシカゴ(Chicago)のコンサートの休憩時間に撮影された映像だそう。道理で客層がぴったり合ってます。ちなみに私が初めて行った外タレ・コンサートはシカゴだったのですが、そんなことはどうでもいいですね。
西海岸の豪邸に住み、相変わらず酒もドラッグもやり放題という暮らしを続けていますが、どこか満たされないものを感じているダニー。誕生日に若い婚約者が企画したサプライズパーティも、関係者の面目を潰さないように喜んでみせますが、気持ちは空虚なままです。
パーティの潮が退いた後、長年のマネージャーであり心を許せる友人でもあるフランクがあるプレゼントを手渡します。それは、ダニーが若いころ、雑誌のインタビューで「音楽で成功することが恐い」と話したことに対し、ジョン・レノンが雑誌社宛に送った手紙。編集部がダニーに転送せず、コレクターの手にわたってしまったものを、フランクが交渉して手に入れたのでした。
そこには「音楽と自分自身に忠実であれ(Stay true to yourself. Stay true to your music)」という励ましの言葉とジョンの電話番号を記されていて、もしその当時、この手紙を受け取っていたら、自分の人生はどうなっていたかと思いを巡らせるダニー。そして、若いころに一夜の関係でもうけた一人息子、住所を調べさせたきり、会いに行く勇気を持てなかった唯一の家族を訪ねようと決心します。
ニュージャージーで妻と娘と暮らす息子のトムは、当然、母と自分を捨てたダニーを受け入れません。しかし、近くのホテル(Hilton Woodcliff Lake)に滞在し、何度も家に出向いて時間と財力を注ぎ込むことで、少しずつ心の障壁を取り除いていきます。同時に、今までのように懐メロを歌い続けるのではなく、30年振りに新曲を作り、ミュージシャンとして新たな人生を踏みだす努力を始めます。
そのダニー・コリンズを演じたのがアル・パチーノ(Al Pacino)。チャランポランな性格を向こうに押しやり、誠実に生きようとするロックミュージシャンを、ユーモアたっぷりに演じています。まさに彼のキャラクターあっての映画だと思います。彼がピアノで弾き語りする新曲“Don’t Look Down”もなかなか良い感じです。
そして、マネージャーのフランクを演じたのは「人生はビギナーズ」のクリストファー・プラマー(Christopher Plummer)。ずっと苦楽を共にしてきた信頼感、酸いも甘いも噛み分けた男同士の友情を、独特の味わい深い表情でみせてくれます。
また、ダニーが泊まるホテルのマネージャーで、ダニーと緩やかに心を通わせる女性の役で「愛する人」「キッズ・オールライト「あの日の声を探して」のアネット・ベニング(Annette Bening)が出ています。彼女とアル・パチーノのかけあいが、この映画に勢いと軽やかさを与えている感じです。
息子のトムを演じたのはボビー・カナヴェイル(Bobby Cannavale)。「ブルージャスミン」で妹ジンジャーの婚約者、「シェフ」でスーシェフを演じていた人ですが、ヒスパニック系の人かと思っていたら、母親がキューバ移民で父親がイタリア系なんですね。どことなくアル・パチーノに似ていて、親子役がしっくりきていました。
その他、トムの妻の役で「ダラス・バイヤーズクラブ」のジェニファー・ガーナー(Jennifer Garner)、ホテルの受付役で「セッション」のメリッサ・ブノワ(Melissa Benoist)が出ています。
監督はこれがデビュー作となるダン・フォーゲルマン(Dan Fogelman)。ストーリーがシンプルですので力量はよくわかりませんが、“Working Class Hero”からラストの“#9 Dream”に至るまで、情景に合わせて挟み込まれるジョン・レノンの楽曲の使い方は最高です。また、エンディングシーンが非常に素晴らしく、ここ数年で観た映画ではベストなのではないかと思いました。とても後味の良い映画です。
公式サイト
Dearダニー 君へのうた(Danny Collins)
[仕入れ担当]