レイフ・ファインズ(Ralph Fiennes)主演のブラックコメディです。映画祭で賞を獲得したわけでもないのに何やら話題になっていたので観に行ってきました。ホラーに分類されているようですが、怖さよりも苦笑いの要素が強い作品です。
タイトル通り、食をテーマにした映画で、レイフ・ファインズの役は高級レストラン“ホーソン”のスターシェフ、ジュリアン・スローヴィク。フーディなら一度は訪れてみたいと思う孤島の有名店に集まった客たちが、スローヴィクが繰り出す、想像を絶する“メニュー”を味わうことになるというお話です。
もう一人の主役、ヒロインのマーゴを演じるのは「ラストナイト・イン・ソーホー」のアニヤ・テイラー=ジョイ(Anya Taylor-Joy)。ちょっと蓮っ葉な雰囲気がこういう役柄にぴったりですね。彼女と連れだって“ホーソン”に赴くタイラーを演じるのは「女王陛下のお気に入り」「トゥルー・ヒストリー・オブ・ザ・ケリー・ギャング」のニコラス・ホルトで、今回は少しひねりのある男性役を演じます。
映画の始まりはタイラーとマーゴが“ホーソン”行きの小型船に乗る場面。この時点では背景がわかりませんので、スローヴィクの料理に憧れる美食オタクのタイラーが、ややこしい料理に興味のないガールフレンドのマーゴを誘って、予約の取れないレストランに行くという、よくある話のように見えます。
船に同乗してきたのは、ラテン系の映画俳優のカップル、有名な料理評論家と担当編集者、投資関連の仕事をしていると思われる男性3人組、初老の裕福な夫婦といった人たち。美食オタクのタイラーを含めてスノッブな店で見かける類いの面々ですが、マーゴだけ少し毛色が違う感じです。
早速、船の中でワインと共にアミューズブーシュが供されます。ただの生牡蠣ですが、ミニョネットソースをエスプーマにしてレモンキャビア(フィンガーライム)を添えた独特のスタイル。タイラーは感激していますが、マーゴはシンプルにレモンを搾って食べたそうです。

レストランがある島に着くと、まずアテンダントのエルサが案内してくれます。海では漁師が今日のメニューに使われる魚介を獲っていますし、専用の菜園や肉を熟成させる燻製小屋もあります。そしていよいよ“ホーソン”の店内に入り、一同がテーブルに着きます。

前菜はパコジェットで粉砕して作ったミルクスノーにくり抜いた瓜をのせた一品で、タイラーは自分もパコジェットを持っていると興奮しています。続く一皿目は、先ほどダイバーが獲っていた生の帆立を岩の上に載せた料理。この島を取り囲む海を表現したとのことでハーブや海藻が添えられています。映画「ボイリング・ポイント」でもドレッシングに味噌を使っていたように欧米では日本の食材が流行っていて、小洒落た店で食事すると青のりや練りワサビをあしらった料理が出てきて日本人を萎えさせるのですが、おそらくそういった類いのメニューですね。

二皿目はパンのないパン皿ということで、パンに付ける数種のディップのみが皿に置かれ、パンそのものは供されないという不思議な料理です。シェフ曰く、パンは貧乏人のためにあるものだから、富裕層が食べるべきではないそう。このあたりで既にシェフの狂気が滲み出ていますが、ここからどんどん危ない方向に進んでいきます。

おそらく一種の階級闘争なのでしょう。自分の筆力でスローヴィクを引き上げてやったと豪語する料理評論家、なかなか予約が取れないこの店に11回も訪問しながら、前回食べたメニューすら覚えていない金持ち。シェフから一品でいいから答えるように言われ、タラを食べたでしょと妻が助け船を出したところ、あれはハリバット(オヒョウ)だと呆れられるあたりは、いかにもこの手の店にいそうな感じですが、こういう鼻持ちならない連中に対する積年の思いがあふれ出てくるのです。

表面にレーザーで線画を描いたトルティーヤが出てきて、その絵で客たちの出自や懲らしめられる理由が伝えられます。ごもっとも、というものもあれば、映画俳優のように八つ当たりとしか言いようがないものもありますが、いずれの客もスローヴィク独自の尺度で選ばれた俗物たちなのです。

そこにまぎれこんでしまったのが、タイラーがガールフレンドにフラれて代わりに連れてきたマーゴで、スローヴィクのいう“悪い客”を理解し得る背景を持っていることがポイントになってきます。

その昔はスタンドでハンバーガーを焼いていたスローヴィク。マーゴがオーダーしたチーズバーガーを嬉々として作り上げ、最後はスモア(焼きマシュマロ)で締めくくるという、終盤に向けてメニューがどんどんジャンクフード化していく流れがこの映画の本質を表しているのでしょう。
監督のマーク・マイロッド(Mark Mylod)も脚本のウィル・トレイシー(Will Tracy)も主にTVで活躍している人たちだそうです。そこにプロデューサとして「マネー・ショート」「バイス」「ドント・ルック・アップ」の監督アダム・マッケイ(Adam McKay)や「ハスラーズ」「ブックスマート」の製作にも加わったウィル・フェレル(Will Ferrell)が参加したと聞けば何となく方向性がわかるのではないのでしょうか。

出演者はウメボシとエモジの区別が付かないフェリシティー役のエイミー・カレロ(Aimee Carrero)はじめ、TV俳優が多いのかあまり見かけない人ばかりですが、エルサを演じたホン・チャウ(Hong Chau)は「インヒアレント・ヴァイス」でマッサージパーラの怪しいマネージャー役だったベトナム系米国人です。
[仕入れ担当]