映画「トゥルー・ヒストリー・オブ・ザ・ケリー・ギャング(True History of the Kelly Gang)」

Kelly Gangこの物語の主人公であるエドワード・ケリー、通称ネッド・ケリー(Ned Kelly)は、強盗や殺人に手を染めながら、支配層である英国人官憲に抵抗し、義賊的な行いをしたことで、豪州ではとても有名な無法者だそうです。これまで何度も小説や映画の題材になってきたようですが、本作はピーター・ケアリー(Peter Carey)が2度目のブッカー賞に輝いた同名小説を映画化したもの。題名でTrue History(真実の歴史)と謳いながら、実際は史実をベースしたフィクションです。

小説は、ネッドと結婚したメアリー・ハーンが逃れた先のサンフランシスコで女の子を産み、その娘に父の真実を伝えるために書き残した手稿の包みを紐解いていくスタイルです。しかし実際のネッドには妻も子もいませんし、手稿も存在しません。

とはいえ、自らの行いを書き残したという部分は史実であり、自分たちの武装強盗を弁明するため州議会のキャメロン氏にしたためた書簡や、それをビラにして配ろうと書き直した文書が存在し、後者はジェリルデリーの手紙(Ned Kelly’s Jerilderie Letter)として全文をビクトリア州立図書館のサイトで読むことができます。これが作者の着想源になったとのことですが、どちらも仲間のジョー・バーンが口述筆記したものだそうですので、実際のネッドには手稿を書けるような文章力はなかったようです。

Kellygang01

映画は少年時代から時系列に進んでいきます。幼い頃のネッドの経験は、この物語の核となる警官との確執に繋っていきますので、小説では細かく描かれますが、映画ではオニール巡査部長を思い切り下劣な人物として描くことで、彼一人に悪辣な警官像を代表させています。

Kellygang04

ネッドの父親ジョン・“レッド”・ケリーはアイルランドのティパレアリ(Tipperary)で家畜泥棒をして捕まり、ヴァン・ディーメンズ・ランド(タスマニア)に流刑になった人。刑期を終えてメルボルンから内陸に入り、同じくアイルランド移民であるクイン家の娘エレンと出会って結婚します。レッド・ケリーは引き続き監視の対象ですし、クイン家は悪党揃いですので、夫婦は常に警察から睨まれることになります。その中心となるのが地元のオニール巡査部長で、レッドは仲間を売って吊るし首を免れた卑怯者だとか、バラ模様のついたドレスを着て牧草地を馬で駆けていたとか、ネッド少年が嫌がるようなことを言って弄び、警察に対する憎しみを募らせることになります。

Kellygang05

小説ではそれより前に、逮捕された叔父にパンケーキを届けるため、母親と一緒にベヴァリッジ(Beveridge)警察に行った思い出話が記されます。逮捕された叔父というのは母親の弟ジミー・クインでまだ15歳だったこと、貧しい暮らしの中で卵をいくつも使ってパンケーキを焼いたこと、乳児とパンケーキを抱えた母親がネッドの手を引いて雨の中を歩いて行ったことを説明した後、警官の嫌がらせでパンケーキを指で潰されたこと、母親が泣きながらパンケーキをかき集めて叔父がいる小屋の扉の下から押し込んだことを描いて、ネッドが3歳にして差別される側の切なさを知ったことを伝えます。このような下地にオニール巡査部長の日々の言動が重なり、ネッド少年の警察への思いが確固たるものになっていくのです。

Kellygang07

おそらく豪州の人なら誰もが知るネッド・ケリーの伝説ですから、そのまま小説にしても面白くないと考えたのでしょう。作者は二つの独自の視点を物語の軸にしていて、映画もそれを踏襲しています。一つはネッドの母親エレンに対する思い、もう一つはアイルランドの服装倒錯の文化です。

Kellygang15

エレンはとても魅力的だったようで、夫のレッド・ケリーの死後、さまざまな男たちから言い寄られたファムファタル的な女性です。言い寄ってくる男たちに嫌悪感を抱くと共に、そういった男たちと同じくエレンの言いなりになっていくネッド。最終的に彼は死刑を言い渡されるのですが、最期に面会したのが服役中のエレンだったこと、処刑前に要望を聞かれて母親の釈放を願い出たことなどから、母親に対する思慕がネッドを突き動かしていたという見方が生まれたのでしょう。

Kellygang10

もう一つは、ネッドが映画の中で何度も口にする言葉“Sons of Sieve”で、女装して地主などを襲うアイルランド農民の一団を表す言葉。この服装倒錯は実在の文化ではなく、ピーター・ケアリーの創作のようですが、虐げられた民が異様な姿で体制側の恐怖心を煽るという構図を、アイルランド系移民が豪州で再現することになります。

Kellygang06

ちなみに小説の中では、ケリー・ギャングの一味である弟のダン・ケリーや友人のスティーブ・ハートが女装していて、それをメアリー・ハーンがやめさせます。彼女がアイルランドにいた少女時代、ユナイテッド・アイリッシュメンのメンバーだった父親がドレスを着た小作人に襲われ、馬を惨殺された思い出を語って嫌悪感を示すのですが、これは女装していた父レッド・ケリーの否定にも繋がりますので、エレンとメアリーの微妙な関係(ネッドに対する影響力やメアリーの子どもの問題など)をさらに複雑にする仕掛けにもなっています。

Kellygang02

このような凝った小説を映画化したのは豪州出身のジャスティン・カーゼル(Justin Kurzel)監督。空撮を多用し、疾走場面を長回しで撮るなど撮影手法に工夫と洗練を感じさせます。しかしそれより印象に残るのは肉体のとらえ方。特に主人公のネッドを演じたジョージ・マッケイ(George MacKay)が醸し出す生々しさは、随所ににじむ狂気と一体になって、破滅に向かうネッドに香り立つようなリアリティを与えています。

Kellygang08

母親エレンを演じたのは、監督の妻でもあるタスマニア出身のエシー・デイビス(Essie Davis)。「ベイビーティース」でも素晴らしい演技を見せていましたが、今回はそれを上回る名演でした。エレンの魅力が物語を動かしていくという設定上、彼女のたたずまいが何よりも重要なわけで、この上ないキャスティングだったと思います。

Kellygang14

ネッドの妻となるメアリー・ハーンを演じたのは「ジョジョ・ラビット」のトーマシン・マッケンジー(Thomasin McKenzie)。とても器用な女優さんですね。2000年生まれという若さですが、出演作も多様で、これからの活躍が楽しみになります。

Kellygang03

そして憎まれ役のオニール巡査部長を演じたのは「ジェントルメン」で見たばかりのチャーリー・ハナム(Charlie Hunnam)、フィッツパトリック巡査を演じたのは「女王陛下のお気に入り」のニコラス・ホルト(Nicholas Hoult)。どちらも実力ある俳優ですから、嫌みな演技も巧みです。

Kellygang09

もう一人の重要人物であるハリー・パワーをニュージーランド出身のラッセル・クロウ(Russell Crowe)が演じていますが、あまり見せ場はありませんでした。母からハリー・パワーに売られたネッド少年は、彼についてブッシュレンジャー(山賊のようなもの)の生き方を身につけていくわけですが、この場面のネッドは子役のオーランド・シュワート(Orlando Schwerdt)が演じたので短めに切り上げたのかも知れません。

Kellygang12

撮影も俳優陣も素晴らしく、なかなか見応えある映画でした。小説を読んでいないと背景が摑めない部分があるかも知れませんが、英米で広く読まれた小説の映画化ですので、仕方ないことなのでしょう。逆に原作の内容を知っていると、ビジュアル化されたことでいろいろと発見のある作品です。

公式サイト
トゥルー・ヒストリー・オブ・ザ・ケリー・ギャングTrue History of the Kelly Gangfacebook

[仕入れ担当]