2015年に観た「コードネーム U.N.C.L.E.」は、終盤でシリーズ化をにおわせながら続編の噂すらなく、おかげで久しぶりの鑑賞となったガイ・リッチー(Guy Ritchie)監督作。初期の「ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ」や「スナッチ」を彷彿させるクライムサスペンスです。
物語の軸になるのは、ロンドンの大麻王ミッキー・ピアソンが一代で築き上げた事業を売却して引退しようとしたことで巻き起こる暗黒街の権力闘争。しかしそれをそのまま見せるのではなく、ネタを掴んだ私立探偵のフレッチャーがミッキーの右腕であるレイモンド・スミス(通称:レイ)を強請るという構図で間接的に描いていきます。

言い換えれば、フレッチャーが探り当てた証拠と推理で構成した再現フィルムで見せていくスタイル。観客としては彼の視点から語られる話が、どこまで的を射ていて、どこから間違っているのかわかりませんし、彼が欺されていたりハメられている可能性も疑わなくてはなりません。つまり信用のおけない人物が、麻薬ビシネスの世界で繰り広げる欺し欺されのストーリーを語るわけで、ガイ・リッチーはそのメタフィクションの仕掛けを活かしながら、うまい具合に観客をミスリードしていきます。

映画の幕開けは一人の男が古びたパブで1パイントのビールとピクルドエッグを注文するシーン。店の奥に置かれたジュークボックスで1曲選ぶとテーブルに着き、運ばれてきたビールを口にしながら電話で妻と話し始めます。

どうやらディナーの待ち合わせをしているようです。ところが電話先の妻の様子がおかしいようで、ふいに緊迫した表情で“誰かいるのか?”と尋ねるのですが、その瞬間、彼の後ろに現れた男が銃口を向け、ジョッキに血しぶきが飛び散ります。そして音楽のボリュームが上がり、画面はモノクロ調のオープニングシークエンスに。
さすがガイ・リッチー、始まりからとてもスタイリッシュです。ジュークボックスから流れる曲はデヴィッド・ロウリングスが切々と歌い上げたCumberland Gap、パーテンが注ぐのは Gritchie Brewing のペールエール(English Lore)で、ブランド名でわかるようにGritchieはガイ・リッチーが所有しているビール会社。注文するのがピクルドエッグというあたりも昔風でいいですね。

こういった英国文化を絡めた小ネタや、時事ネタへの風刺をきかせたセリフを織り込みながら、小気味よく展開していくあたりはこの監督の面目躍如といったところでしょう。
凝ったオープニングシークエンスに続く場面は高級そうな邸宅のダイニング。主である男が帰宅してキッチンに入っていくと、勝手に入っていた男がグラスを片手に物陰から声をかけてきます。それが私立探偵のフレッチャーで、邸宅の主が大麻王ミッキーの右腕であるレイです。フレッチャーの用件というのは、タブロイド紙「デイリー・プリント」の編集者ビッグ・デイブの依頼でミッキーのことを調べ、その情報を元に「Bush」というタイトルで映画の脚本を書いたのだが、それを2000万ポンドで買わないかという交渉です。

ミッキーは米国の労働者家庭の出身でしたが、持ち前の頭の良さでローズ奨学金を得てオックスフォード大学に入学します。しかし大学で身につけたのは学問ではなく、金儲けの手段としての大麻栽培。最初は学生相手の小さな商いだったものの業容が拡大し、最終的に世界規模のビジネスに成長させます。

引退を考えたミッキーが大麻ビジネスをユダヤ系米国人の大富豪マシュー・ベルガーに4億ポンドで売却しようと持ちかけたところ、中国系マフィアであるジョージ卿の手下ドライアイが接触してきます。ロンドンの暗黒街にうごめく魑魅魍魎にとって彼のビジネスは非常に魅力的なようです。

ミッキーの商売のキモは、大量の大麻を誰にも知られずに栽培する方法。英国人は散歩が好きで、どんな田舎でも必ず誰かが歩く。英国では法律で通行権(パブリック・フットパスなど)が認められているので、個人所有の敷地内も誰かが歩く。その結果、たとえ人里離れた僻地で大麻を栽培しても必ず人目についてしまうというわけです。
この障壁を乗り越える鍵は、広大な敷地を持つ貴族たちと親しくなったことにありました。彼らは屋敷を維持し、敷地を管理しなくてはいけませんが、それにかかるコストを負担することが時代と共に難しくなってきています。ミッキーは名門大学で得たコネで貴族たちと繋がり、彼らとウィンウィンの関係を築いていったのです。

その一つがチャールズ・プレスフィールド公爵の土地に設えた地下農園とラボ。ミッキーは事業売却先であるベルガーをラボに案内します。しかしその直後、極秘だった地下農園に強盗が押し入り、その襲撃の一部始終を撮影したビデオがYouTubeにアップされます。
実行犯は総合格闘技のジムで知り合ったラップグループのThe Toddlers。彼らからコーチと呼ばれて慕われているジムの主宰者は闇の世界にも通じていますので、若者たちがミッキーから大麻を盗んだと知って愕然とします。すぐさまミッキーの手下であるレイにコンタクトをとり、詫びを入れると共に、事件解決への協力を申し出ます。つまり、若者たちを焚き付けた黒幕の処分を手伝うので赦して欲しいという提案です。

ジムの若者たちは労働者階級の移民たちで、彼らを強いアイルランド訛りで喋るコーチが導いているというあたりも英国の現状を捉えた設定でしょう。ガイ・リッチーらしいところは、そこに人種差別に対する監督の考えを織り込みながら、その設定を観客にわかりやすく伝えていること。
ジムの仲間内で諍いがあり、若者の一人がコーチに“ヤツは俺のことをマヌケな黒んぼ(black cunt)と呼ぶレイシストだ”と言うと、コーチは“オマエは黒人だし、オマエは間抜けだ。ヤツは黒人がマヌケだと言ったのではなく、オマエ個人のことを言ったに過ぎない”と諭します。それに対して若者が“ヤツはジプシーだけど俺はマヌケなロマ(pikey cunt)なんて言わない”と食い下がると、コーチは“愛を込めてそう呼ぶならヤツも理解するさ”と答えます。

一方、上流階級であるプレスフィールド公爵の家庭にも問題があり、娘のローラは家出してヘロイン中毒の若者たちが根城にしている公営団地に入り浸っています。公爵から相談を受けたミッキーは、レイを差し向けてローラを連れ帰らせます。マリファナは良いが、ヘロインは人を破滅させるというのがミッキーのビジネス倫理です。

ローラ奪回作戦の遂行中、若者の一人がベランダから転落して死んでしまいます。このアスランという若者がロシア系であることが、後々、意味を持ってくるのですが、ユダヤ系の大富豪、中国系マフィア、多様な人種の移民たち、ドラッグで家庭が崩壊している貴族といった現代英国を象徴するメンバーが揃ったところで、ガイ・リッチーならではの暗黒劇がスリリングに展開していきます。

麻薬王ミッキー役はマシュー・マコノヒー(Matthew McConaughey)、その右腕レイ役は「キング・アーサー」のチャーリー・ハナム(Charles Hunnam)、それを強請る探偵フレッチャー役は「コードネーム U.N.C.L.E.」にも出ていたヒュー・グラント(Hugh Grant)という豪華なキャスティングの本作。マリファナ所持の前科があるマシュー・マコノヒーにこの役を演じさせたのも内輪ウケの小ネタかも知れません。

その他、ジムのアイルランド系コーチ役で「ビガイルド」のコリン・ファレル(Colin Farrell)、中国系マフィアの手下ドライアイ役で「クレイジー・リッチ!」のヘンリー・ゴールディング(Henry Golding)、編集者ビッグ・デイブ役で「おみおくりの作法」「博士と狂人」のエディ・マーサン(Eddie Marsan)、ユダヤ系大富豪マシュー役でジェレミー・ストロング(Jeremy Strong)、ミッキーの妻ロザリンド役で「ダウントン・アビー」のミシェル・ドッカリー(Michelle Dockery)が出ています。

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