映画「ベルイマン島にて(Bergman Island)」

Bergman Island ミア・ハンセン=ラブ(Mia Hansen-Løve)監督の新作です。ベルリン映画祭で監督賞に輝いた「未来よ こんにちは」に続いてインドのゴヤを舞台にした「MAYA」という作品を撮ったようですが、日本では公開されませんでしたので、彼女の映画は5年振りということになります。舞台となるスウェーデンのフォーレ島(Fårö)はイングマール・ベルイマン監督が作品を撮り、晩年を過ごした場所です。

バルト海最大の島であるゴットランド島の北西部に浮かぶ小さな島で、空港があるゴットランド島から無料フェリーで30分で渡れます。面積は111.35㎢といいますので伊豆大島よりひとまわり大きいわけですが、人口は約500人と大島の1/10しかいませんので、産業は牧畜と漁業の他、ベルイマン頼みの観光といったところのようです。

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映画の始まりは機内で女性が“もう二度と飛行機に乗りたくない”と男性に言っている場面。そして二人が車を借り、カーナビにDAMBAと入力してカーフェリーでフォーレ島に渡る場面が続きます。男性の名はトニー、女性の名はクリス。観ているうちにトニーは既に一定の評価を得ている映画監督、女性のクリスはかけだしの映画監督だとわかってきますが、おそらく2017年まで夫婦だったオリヴィエ・アサイヤスとミア・ハンセン=ラブの関係を下敷きにしているのでしょう。

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二人はアーティスト・イン・レジデンスのような制度を使って、ダンバ(Dämba)にある「ある結婚の風景」を撮影した家に滞在するようです。トニーは自作の上映会などベルイマン週間のイベントに参加しなくてはなりませんが、クリスは日がな一日、コテージの向かいにある風車小屋の上階を書斎にして新作の構想を練ります。関係者と交流するのは会食のみです。

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夫婦は、島内の名所を巡るバスツアー“ベルイマン・サファリ”に参加する予定でしたが、クリスはそれをすっぽかしてミュージアムショップでビビ・アンデショーン(Bibi Andersson)風のサングラスを購入し、教会で知り合った青年ハンプスの案内でベルイマンの墓所やウラハウ(Ullahau)呼ばれる砂丘、島の北端のビーチ等を訪れます。

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ちょっと可笑しかったのは、ビーチからの帰り道にハンプスが突然“ラムスキンを買いたい?”と訊いたところ。彼は映画を学んでいる学生だと自己紹介していたのですが、何の脈絡もなくゴットランドシープの話になり、農家の庭先に車を停めて”ちょっと高いけど黒いやつが毛足が長くていい”と毛皮を勧め始めるのです。

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絨毯屋や陶器屋に連れて行ってバックマージンを貰うツアーガイドみたいだなぁと思いながら観ていたら、クリスは2枚も毛皮を買っていて、一体このシーンを加えた意図はなんだろうと不思議な気分になりました。ちなみにハンプス役を演じたのはハンプス・ノーデルセン(Hampus Nordenson)という駆け出しの映画監督のようですが……。

フォーレ島は羊の毛皮だけでなく羊肉も有名なようで、ベルイマン・サファリに参加したトニーはラムバーガーの店に連れて行かれていていました。調べてみたらフォーレガーデン(Fårögården)という有名店のようで、これまた観光ガイド的ですね。

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そのような感じで、トニーとクリスのフォーレ滞在記が進んでいくのですが、並行してクリスが執筆中の脚本が劇中劇の形で描かれます。彼女が構想しているのは、若い頃に交際していたカップルが、フォーレ島での友人の結婚式に招かれて再会するという話。クリス曰く“1度目の出会いは早すぎて2度目は遅すぎた”物語です。

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男性はヨセフ、女性は米国人の映画監督エイミーで、10代の頃に恋愛関係になり、成人してから一度再燃したものの再び破局しました。今はそれなりの年齢になって共にパートナーがいるわけですが、フォーレ島へ向かう途中で一緒になり、エイミーの気持ちに火が点きます。周りの人々は二人の関係を知らないようで、彼らが会話していても特に気にする様子はありません。

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ヨセフはビストロ・アルバトロスの敷地にあるベルイマン・スイート(Slow Train B&B)に仲間と同宿し、エイミーはスダーサンド(Sudersand Resort)のコテージを一人で借りたようです。地図を見ると自転車で20分ほどの距離ですが、離れたところに泊まっていることが後の展開で意味を持ってきます。

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二人とも結婚式に関する小さな問題を抱えていて、ヨセフは空港でネクタイを買い忘れただけですが、エイミーは白いドレスを持ってきたので、それを式で着て良いか、新婦に訊かなくてはなりません。白を着るのは新婦のみだと言われ、結局、他の服で参列することになるのですが、エイミーは間違えて持ってきたのではなく、白いドレスを着たかったのではないかという含みを持たせるところがクリスの脚本の仕掛けなのでしょう。

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この再会のストーリーをトニーに語り、最後をどう終えるか迷っていると相談するのですが、トニーはアドバイスするわけでもなくただ聞いているだけ。書くのがイヤなら主婦になれば良いといった突き放した態度のトニーに、クリスの創作意欲も削がれます。

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彼ら夫婦の微妙なバランスに、エイミーと関係を持ちながら距離を置こうとするヨセフの振る舞いが重なってきます。そこに、生涯5度結婚したほか愛人と子どもをもうけ、その子どもたち全員を女性に任せっきりにしていたというベルイマンの私生活や、彼の作品である「ある結婚の風景」や「仮面/ペルソナ」の内容が絡んできて、物語そのものは単純なのに観ているうちに複雑な感情を抱かせるように作られた映画です。

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また全般的に明るい印象の映画なのですが、たとえば劇中劇の結婚披露宴で盛り上がるシーンでは、アバのThe Winner Takes It Allのポップな曲調に乗せた恨み節がエイミーの心情を代弁していたり、明るさの裏にある暗さのようなものを随所で感じさせます。

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終盤はクリスがベルイマンの終の棲家を訪れ、ハンプスと再会したあたりから現実の世界と作中の世界の境界が曖昧になります。劇中劇のエイミーの感情とそれを撮っている監督クリスの感情がない交ぜになり、向こう側に引き釣り込まれそうになりながら踏みとどまるという夢か幻かわからない場面。本作でベルイマンを巡って議論される“作家の私生活と作品は区別すべきなのか”に対する一つの回答のような気もしますし、幻想的なベルイマン作品へのオマージュなのかも知れませんが、解釈に迷うシーンです。

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クリス役を演じたのは「ファントム・スレッド」のヴィッキー・クリープス(Vicky Krieps)、トニー役は「或る終焉」のティム・ロス(Tim Roth)。トニーは最後のシーンで娘からなぜ幽霊の映画を撮るのかと訊かれますが、これはきっと「パーソナル・ショッパー」に絡めた楽屋落ちでしょう。

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その「パーソナル・ショッパー」で義姉ララの恋人役だったアンデルシュ・ダニエルセン・リー(Anders Danielsen Lie)がヨセフ役、最近あまり見かけなくなった「イノセント・ガーデン」のミア・ワシコウスカ(Mia Wasikowska)がエイミー役を演じた他、ドキュメンタリー作家で映画監督のスティーグ・ビョークマン(Stig Björkman)が本人役で出ています。

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公式サイト
ベルイマン島にてBergman Island

[仕入れ担当]