映画「ファントム・スレッド(Phantom Thread)」

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監督がポール・トーマス・アンダーソン(Paul Thomas Anderson)、主演がダニエル・デイ=ルイス(Daniel Day-Lewis)というだけでも注目作ですが、ダニエル・デイ=ルイスが本作で引退すると表明したことで大きな話題となりました。その上、ダニエル・デイ=ルイス主演作としては久しぶりの英国を舞台にした映画で、ファッション業界の物語ときたら、観ないわけにはいきません。

NINE」や「リンカーン」のときも書いたように、私は「マイ・ビューティフル・ランドレット」以来のダニエル・デイ=ルイスのファンですので、どうしても贔屓目にみてしまいますが、やはり彼の演技力は大したものだと思いました。しかしそれにも増して素晴らしかったのが、相手役のアルマを演じたビッキー・クリープス(Vicky Krieps)。ダニエル・デイ=ルイスやその姉役のレスリー・マンヴィル(Lesley Manville)といった大御所にひけをとらない存在感を発揮したばかりか、最終的に彼女がすべて持っていってしまった印象です。

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映画は、服飾デザイナーとして成功を収めているレイノルズが、休暇先で出会った若いウエイトレスのアルマに惹かれていくというストーリーですが、単なる年齢の離れた男女のロマンスではないところがポイントです。

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仕事一途のレイノルズにとって女性はトルソーのような存在で、ドレスの寸法を決めるために理想的な体型をしていることが何より大切。逆に言えば、ストイックな彼の生活に影響を及ぼすような心の触れ合いを求めるような女性は追い出さなくてはなりません。

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そんな彼を公私にわたって支えているのが姉のシリル。アトリエのマネジメントから私生活の采配まですべてに関与していて、レイノルズにとって不可欠な存在です。

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とはいうものの、レイノルズの心の中に生き続けているのは、彼にドレスメイキングを教えてくれた母親で、その強い思いが彼を結婚から遠ざけているようです。まるでアレキサンダー・マックイーンのようですが、ゲイではなさそうですし自殺を選ぶわけでもありません。

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そんな彼がストレスで落ち込み、シリルに勧められてヨークシャーの別荘で休暇を過ごします。その際にホテルのカフェ(ロケ地はこちら)で朝食の給仕をしてくれたのがアルマ。レイノルズの年齢を感じさせない健啖ぶりに彼女が関心を持つのですが、このときレイノルズが注文する飲み物がラプサン(Lapsang souchong)で、この燻香ある紅茶を好むことが後に起こる出来事の伏線になっています。

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レイノルズがアルマを食事に誘い、その後、別荘に連れ帰ります。そこで何を始めるかと思えば、彼女を下着姿にさせ、姉に数値を記録させながら採寸するのです。ここで観客は、この映画が普通のラブストーリーではないことに気付きます。繊細過ぎる心をもった偏執的なデザイナーが、その経済力をテコに田舎娘を誘惑し、自分の思うままに扱うお話だと思うことでしょう。

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ところがそうではありません。アトリエに連れ帰った後も、食事のマナーが垢抜けないアルマにレイノルズが怒りを示したりするのですが、後々その力関係が変化していきます。その契機になるのがある理由でレイノルズが床に臥せったこと。普段は自尊心が強く独善的なレイノルズが、体調を崩したことでアルマに依存し始めるのです。

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この構図は、ポール・トーマス・アンダーソン監督が私生活から着想を得たものだとのこと。彼が病気で寝込んだとき、妻のマーヤ・ルドルフ(「インヒアレント・ヴァイス」に出演していました)がとても優しくなり、このまま自分が寝たきりの方が彼女は嬉しいのではないかと疑いを抱いたことから思いついたそうです。バリバリ仕事をこなす姿に惹かれて一緒になったものの、日常生活でもコントロールフリークぶりを発揮され、ウンザリしているといった状況は多くの家庭にありそうですね。

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力関係が逆転した状況にレイノルズが抗うどころか、むしろ救いを感じてしまうところがこの映画の面白さです。それも一度ならずということですから、もちろんここは笑う場面。端正な映像や美しい旋律に惑わされ、頭に疑問符を浮かべながらまじめに観ていてはいけません。

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その映像にぴったり合った音楽は、同監督の「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」「ザ・マスター」「インヒアレント・ヴァイス」に続いてレディオヘッドのジョニー・グリーンウッド(Jonny Greenwood)が担当しています。監督賞や主演男優賞、助演女優賞などと共にアカデミー賞にノミネートされましたが、残念ながら今回は受賞には至らず、本作では唯一、衣装のマーク・ブリッジス(Mark Bridges)だけがアカデミー賞の栄冠に輝きました。

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ちなみにダニエル・デイ=ルイスが演じたデザイナーのイメージは、クリストバル・バレンシアガにインスパイアされたものだそう。ご存知のようにスペイン出身のデザイナーですが、下の写真は去年見てきた彼のミュージアム(Cristóbal Balenciaga Museoa)です。ということでバスク地方ゲタリアのお話はまた別の機会に・・・。

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公式サイト
ファントム・スレッドPhantom Thread

[仕入れ担当]