4年前の「シェイプ・オブ・ウォーター」でアカデミー賞はじめ各国の映画祭を席巻したギレルモ・デル・トロ(Guillermo del Toro)監督。待望の新作はオリジナルではなく、米国の作家ウィリアム・リンゼイ・グレシャム(William Lindsay Gresham)の1946年の同名小説の映画化です。分類としてはサイコスリラーということになるのでしょうか。「パンズ・ラビリンス」のようなダークファンタジーでも「クリムゾン・ピーク」のようなゴシックホラーでもありません。
映画は若い男が家に火を放つシーンからスタート。彼が主人公のスタントン・カーライル、通称スタンで、その後どこかを彷徨った末、長距離バスの終点から侏儒の後を追って街はずれのカーニバルに流れ着きます。

座長クレム・ホートリーの“Is he a man or beast?”という呼び込みに惹かれて、ふと入った見世物小屋の演し物は獣人(ギーク)のショーで、柵の中に生きたニワトリを放ると、獣人がそれをつかみ取り、首筋に喰らいつきます。仰天している観客の間を回って代金を回収する集金係。カネのないスタンは静かにその場を離れますが、すぐそばでテント解体の賃仕事を持ちかけられ、その流れで一座と行動を共にすることになります。

そこで知り合ったのが、読心術(コールド・リーディング)を演し物にしているジーナ。観客が紙に記して封筒に入れた悩み事を相棒のピートが集め、それを観客が見守るステージ上で燃やした後に、記されていた悩み事を言い当てるという芸です。もちろん仕掛けがあって、観客から集めた封筒とステージ上で燃やす封筒は別のもので、ステージの下に隠れたピートが封筒の中身を密かに読んでジーナに伝えているのです。

彼らはその昔、読心術の芸で大成功したのですが、ピートが酒に溺れて落ちぶれ、旅回りの一座に加わったのでした。興味を待ったスタンはピートに弟子入りしてトリックの習得に励みます。彼らの全盛期の芸は、客席からジーナがサインを送り、ステージ上のピートが言い当てるというものでしたが、ピートはその暗号の仕組みを手帖に記していました。

そんなある日、ピートは誤ってメチル・アルコールを飲んで逝ってしまいます。その後、スタンはその手帖を譲り受けることになり、彼の人生に大きな変化をもたらすことになります。

原作小説では最初からスタンはこの一座に所属する手品師で、そこから読心術にキャリアアップするのですが、映画ではその前日譚として実家と父親を燃やすシーンを加え、映画独自のテーマである“父殺し”を明確にしています。映画全体、息子が父親を排除して体制を壊し、自分の世界を築いていくという枠組みで作られており、スタンにとってピートも“父なるもの”の一人なのです。

そういう意味では、獣人をどうやって見つけてくるのかと問うスタンに、見つけるのではない、つくるんだと教えてくれるクレムも“父なるもの”かも知れませんし、クライマックスのエズラ・グリンドルもその一人かも知れません。他にも彼が同族嫌悪を抱いて殺す人物がいるのですが、いずれにしても、彼より先を行っている年上の男たちは皆ある種の象徴性を持って登場します。

ピートの手帖を使って成功していくスタンのパートナーとなるのが、同じ一座で電気いすの芸をしていたモリー。若くて愛らしいモリーは、ジーナとは正反対のキャラクターですが、スタンは自信たっぷりに振る舞うことで、亡き父を絶対視しているファザコンの彼女を籠絡します。

スタンの次なる展開は降霊術。読心術のトリックを使って誰かの思いを把握し、その人の身近な死者の言葉を伝えるのです。原作では聖職者の証明書を手に入れ、牧師として降霊術を行い、信者から欺し取った教会を本拠地にしていましたが、映画ではそのあたりは割愛して、キンボール判事の戦死した息子の一件を挟んで富豪グリンドルの一件に進んでいきます。

そのきっかけになるのが精神科医のリリス。彼女はモリーとは対照的な知的で冷徹な年上の女性です。それなりに成功していたスタンは、さらなる高みを目指そうとリリスに取り入るのですが、そこから急転直下、物語が佳境に入っていきます。

主人公のスタンを演じたのはブラッドリー・クーパー(Bradley Cooper)。アカデミー賞にノミネートされた「世界にひとつのプレイブック」「アメリカン・ハッスル」「アメリカン・スナイパー」「アリー/ スター誕生」の演技はどれも巧いとは思いませんでしたが、本作では胡散くさい美男というキャラクターがぴったりで、まさにはまり役だったと思います。

彼をとりまく三人の異なるタイプの女性を演じたのが、ジーナ役のトニ・コレット(Toni Collette)、モリー役のルーニー・マーラ(Rooney Mara)、リリス役のケイト・ブランシェット(Cate Blanchett)で、いずれも甲乙付けがたい好演でした。

コートリー役は最近よく見るウィレム・デフォー(Willem Dafoe)、ピート役のデヴィッド・ストラザーン(David Strathairn)は「ノマドランド」でデヴィッドを演じていた人、ブルーノ役のロン・パールマン(Ron Perlman)は「ドント・ルック・アップ」の宇宙飛行士ドラスク大佐、グリンドル役のリチャード・ジェンキンス(Richard Jenkins)は「シェイプ・オブ・ウォーター」でジャイルズを演じていた人といった具合にベテラン俳優で周りを固めたことも効いていると思います。
ギレルモ・デル・トロらしい凝ったセットで撮られた作品ですが、カーニバルやサーカスに関する小ネタもしっかり織り込まれていて、ジーナたちがスタンの部屋を訪れる場面で“ギブタウンに向かう途中で立ち寄った”と言いますが、これはフロリダ州ヒルズボロ郡ギブソントン(Gibsonton)のこと。ここにはカーニバル芸人(Carny)たちのコミュニティがあり、芸人たちはここでオフシーズンを過ごしたり、トレーラーなどの用具を揃えたりする聖地だそうです。

ついでに記せば、この原作小説は1947年に「悪魔の往く町」のタイトルで映画化されているそうで、本作はリメイクということになりますが、前作で主役を演じたタイロン・パワーの娘ロミナ・パワー(Romina Power)がスタンのショーのゲスト役でカメオ出演しているそうです。

公式サイト
ナイトメア・アリー(Nightmare Alley)
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