映画「永遠に僕のもの(El Ángel)」

angel70年代のブエノスアイレスで連続殺人事件を起こし、その凶悪さとは裏腹な“天使”のような顔立ちで話題になった少年を描いた映画です。その少年カルロス(Carlos Eduardo Robledo Puch)を演じたロレンソ・フェロ(Lorenzo Ferro)のキュートな顔立ちもさることながら、共犯者ラモン(実際はJorge Antonio Ibañez)を演じたチノ・ダリン(Chino Darín)のイケメンぶりも注目の一作。ちなみにチノ・ダリンは「瞳の奥の秘密」や「誰もがそれを知っている」で知られるアルゼンチンの名優、リカルド・ダリン(Ricardo Darín)の長男です。

こう書くと、有名人一家の美少年に頼ったアイドル映画のように思われそうですが、これがなかなかの名作で、監督を務めたルイス・オルテガ(Luis Ortega)の巧さなのか、プロデューサーを務めたペドロ・アルモドバルの力量なのか、いずれにしても一見の価値ありだと思います。ルイス・オルテガはこれが初の日本公開作とはいえ、アルゼンチン映画界では長いキャリアをもつ監督で、その昔はガエル・ガルシア・ベルナルのパートナーになる前のドロレス・フォンシと交際していたこともあるそうです。

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映画の始まりは、周囲からカルリートス(Carlitos)と愛称で呼ばれている美少年、17歳のカルロスが、通りかかった邸宅に目をつけ、忍び込んで盗みを働く場面。リビングにあった酒を飲みながら引き出しの中を物色し、挙げ句の果てにレコードプレイヤーでLa Joven Guardiaの“El Extraño del Pelo Largo”をかけて踊り始めます。そしてガレージの前に停められていたバイクのバックシートにレコードを1枚だけ積んで自宅までひとっ走りです。

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この持ち帰ったレコードは“Billy Bond y La Pesada del Rock and Roll”の1stアルバム。ビリー・ボンド(本名はGiuliano Canterini)はアルゼンチンロックの創始者の一人といわれるイタリア系アルゼンチン人で、エンドロールでもこのアルバムの1曲“Verdes Prados”がかかります。ご存じのようにイタリア移民が多いアルゼンチンにはさまざまなイタリア文化が入り込んでいて、カルロスが盗み出すバイクはジレラ(Gilera)、彼の母親オーロラが作ってくれる料理はミラノ風カツレツといった次第で、この微かなイタリア風がアルゼンチン映画独特の雰囲気を醸し出しているのかも知れません。

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コソ泥のカルロスですが、実家が特に貧しいわけではありません。父親のエクトルも真面目に働いているようですし、おそらく平均的な中流家庭なのでしょう。なぜコソ泥に入るのかというと、それが楽しいから、というのが、ある種の病であり、彼の後の人生を定めていくことになります。

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カルロスは以前通っていた高校で問題を起こし、工業高校に転校したばかりのようです。そこで出会うのがちょっとワイルドな魅力を湛えたラモンで、彼に絡んでわざと殴られ、そこから親しくなっていきます。実際のカルロス本人は否定しているようですが、この映画では、ラモンに対してホモセクシャル的な好意を抱いていたことを匂わせることで、カルロスの不可解さを解釈する手がかりにしています。

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カルロスはラモンの実家に招かれます。蠱惑的な母親アナ・マリアも問題ですが、根っからの悪党である父親ホセの方がより大きな問題で、カルロスは一瞬にしてこの一家に魅了されてしまいます。地下室で拳銃を撃たせてもらい、その魅力にとりつかれたカルロスは、ホセとラモンの父子と組んで銃器店に盗みに入ります。そこで予定以上の銃器と銃弾を盗み出したカルロスは、ホセから計画通りに行動するようにたしなめられますが、彼にはホセの理屈が通じません。盗めると思ったら盗めるだけ盗む、途中でやめて不満が残るのは我慢ならないのです。

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ほとんどの銃器はホセがさばいて金銭に換えてしまうのですが、カルロスはそこから2丁の拳銃を受け取り、これが彼を連続殺人犯に変えていくことになります。盗みの現場で危険に遭遇すると、逃げるのではなく相手を撃ち殺してしまうのです。ラモンから銃殺マニア呼ばわりされるほど、いとも容易に人を撃ってしまうカルロス。すべての行動原理から倫理観が欠落しているようです。

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カルロスとラモンのチームプレイはしばらく続きますが、そもそも2人は盗みに対する姿勢が違います。カルロスにとっては生き甲斐、ラモンにとっては収入を得るための仕事。ラモンに別の仕事の可能性が芽生え、それをうまく進めるために他の男に取り入るようになると、カルロスの不愉快な気分は一気に高まります。可愛さあまって憎さ百倍といったところでしょうか。ラモンの両親ともお別れです。

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次にカルロスが組む相手はミゲル。ラモンが拘置所で知り合い、一時は3人で盗みを働いていた間柄です。しかしミゲルにとっても盗みはカネのためであり、カルロスと組んだ理由も、ラモンの父親ホセにピンハネされるのが嫌だったから。その意識の低さが気に入らなかったのか、彼に残虐な仕打ちをしてしまい、結果的にカルロスに司法の手が及ぶことになります。

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映画ではミゲルへの仕打ち以外にあまりエグいことはしませんが、実際のカルロスは殺人や強盗だけでなく、強姦や誘拐でも起訴されていますので、かなりイカれていたようです。そのあたりを曖昧にして、ロレンソ・フェロの魅力を極限まで引き出した本作は、事実から離れて創作した部分の巧さも奏功していると思います。結果的に、あれもこれも自由に楽しみたいカルロスの欲求と、ファッションや音楽など70年代カルチャーが生み出すイメージが共鳴し合い、作品全体に心地よい一貫性を持たせています。

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カルロスへの愛情に諦観をにじませた母親オーロラを演じたのは、「アイム・ソー・エキサイテッド!」などアルモドバル作品の常連女優セシリア・ロス(Cecilia Roth)。スペイン映画界を代表するベテラン女優ですが、生まれはアルゼンチンだそうで、現在はブエノスアイレスに戻って活動しているようです。

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父親エクトル役は「ナチュラルウーマン」で恋人の弟、「ネルーダ」で主人公の詩人を演じていたルイス・ニェッコ(Luis Gnecco)、ラモンの父親ホセ役は「偽りの人生」で悪党アドリアンを演じていたダニエル・ファネゴ(Daniel Fanego)で、母親アナ・マリア役は「ネルーダ」で詩人のパートナー、「ローマ法王になる日まで」で後の法王の元上司を演じていたメルセデス・モラーン(Mercedes Morán)、後半のカルロスの相棒ミゲル役は「エル・クラン」で長男の元ラグビー選手を演じていたペテル・ランサーニ(Peter Lanzani)といった具合にアルゼンチンの名優が勢揃いしています。

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BGMに使われている60〜70年代のアルゼンチン・ロックやポップスが楽しい本作。アニマルズのヒット曲で知られる米国のフォークソング“朝日のあたる家”のスペイン語バージョン“La Casa del Sol Naciente”の切ない響きが耳に残ります。

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公式サイト
永遠に僕のものEl Ángel

[仕入れ担当]