ニューヨークで活躍するコラムニスト、ジャネット・ウォールズ(Jeannette Walls)が2005年に発表した自叙伝の映画化です。監督は「ショート・ターム」のデスティン・ダニエル・クレットン(Destin Daniel Cretton)で、同作に主演していたブリー・ラーソン(Brie Larson)が本作でも主役のジャネットを演じています。
なぜ一介のコラムニストの自叙伝が注目を集めたのかといえば、有名人のゴシップ記事などで人気を集めていたジャネットのイメージと、幼少期の彼女の生活のギャップが大きかったから。ニューヨークの名門女子大バーナード・カレッジ(Barnard College)卒業生という育ちの良さそうな経歴とは裏腹に、子ども時代は家族で各地を転々とし、その日の食べ物にも事欠いていた過去を赤裸々に綴ったのです。映画は原作と同じく、自分がコラムニストとして成功した後も、父母はホームレス同然の生活をしていたという告白からスタートします。
少女漫画のような邦題からは耐乏生活を描いた作品をイメージしにくいかも知れませんが、この“ガラスの城”というのは、定職を持たなかった父レックスが、家族のためにガラスの城を建ててやると約束していたエピソードに由来します。つまり、良くいえば夢想家、悪くいえば無責任な夫婦、レックスとローズマリーの気ままな生き方に振り回された子どもたちの物語です。著者のジャネットは次女で、長女のローリー、弟のブライアン、末っ子のモーリーンの四人兄弟がストーリーの中心となります。
冒頭でソーセージを茹でていて火傷を負う場面がありますが、これはジャネットが3歳のときのお話で、彼女の最初の記憶だそうです。映画では家屋のように見えますが、実際はアリゾナ州のトレーラーハウスで、入院していた病院から治療費を踏み倒して逃げてしまうエピソードとも辻褄が合います。ちなみに彼女は1960年生まれですから、思い出話として描かれているのは主に1960年代の終わりから70年代にかけての時代です。
父親のレックスは金鉱を探していると言い訳しながら酒浸りの日々を送っていますが、妻となるローズマリーと出会うまでは空軍のパイロットをしていて、それなりに社会性があったはずの人物です。対するローズマリーはアリゾナ州フェニックス出身の自称画家。世間からはまったく認められていませんが、唯一、彼女の才能を認めたレックスと結婚し、子どもを産みながら放浪生活をしています。終盤でさらっと描かれますが、ローズマリーの実家はフェニックスの地所の他にテキサスにも土地を持っていて、彼女には定期的に採掘権使用料が入ってきます。要するに田舎のお嬢様で、二人はそれに甘えて自堕落な生活を送っているわけです。
子どもたちは生まれたときからヒッピーのような暮らしをしているわけですから、当然、そんな経済的背景を知りません。よその家のように父親が働いて家族の暮らしを支えるのが普通だと思ってますし、そうならない以上、家族全員が我慢しなくてはいけないと思っています。
また、耐乏生活を納得させてしまう父親の口の巧さもあります。金鉱の話や、開発中のプロスペクターという金を集める機械の話で今後の収入を期待させ、永遠に設計中であるガラスの城の夢を語ります。そして子どもたちには、今はモノはあげられないからと言って、星をプレゼントします。ローリーにはベテルギウス星、ブライアンにはリゲル星、そしてジャネットには、彼女が欲しいといった金星をあげよう、といった具合です。
そんな家族がいよいよ暮らす場所に困り、レックスの生まれ故郷であるウェストバージニア州ウェルチ(Welch)に行き着きます。どういう場所かといえば、一時は石炭産業で栄えたものの、時代の変化と共に衰退の一途を辿っていった町。実家には彼の両親と兄が暮らしているのですが、誰も働いている気配がなく、何らかの福祉に依存していることは明らかです。若い時期にこの土地を離れる選択をしたレックスは、ある意味、賢かったといえるでしょう。
実家でレックスの両親とひと悶着あり、町はずれ(93 Little Hobart St)の廃屋に引っ越して“ガラスの城”のエピソードが語られたりするわけですが、そこでの暮らしの中でローリーとジャネットは家を出て自立することを考え始め、最終的にブライアンを含めた3人がNYで暮らすことになります。結局、最後まで父母と一緒にいたのは末っ子のモーリーンだけ。といっても残りたかったわけではなく、姉や兄のようには頑張れないという消極的理由と惰性ですので、見方によっては彼女が最も両親の性格を受け継いでいるのかも知れません。
父親のレックス役が「ハンガー・ゲーム」「スリー・ビルボード」のウッディ・ハレルソン(Woody Harrelson)、母親のローズマリー役が「アバウト・レイ」などのナオミ・ワッツ(Naomi Watts)という芸達者な二人で、彼らの雰囲気作りの巧さが隅々まで効いています。もちろん主人公ジャネット役のブリー・ラーソンの演技力は「ルーム」でも証明済み。特にエンディングの会食シーンで感情がじわっと溢れ出てくる演技にはやられました。
この家族を見て「はじまりへの旅」を思い出される方も多いかと思いますが、子ども時代のブライアン、モーリーンを演じたチャーリー・ショットウェル(Charlie Shotwell)とシュリー・クルックス(Shree Crooks)は同作にも出演していました。チャーリー・ショットウェルは「ゲティ家の身代金」でジョンの子ども時代を演じていた人気の子役です。
原作にあったエピソードを大幅に削ることで展開をすっきりさせていますが、とくに物足りない印象はありませんでした。個人的には、ローズマリーがベッドに潜り込んでチョコレートを食べていたところを子どもに見つかり、お父さんのお酒と同じで私はこれがないとダメなの、と言い訳するシーンをナオミ・ワッツに演じて欲しかったと思いますが、ストーリー的にはなくても構わない場面ですね。
映画ではレックスとジャネットにフォーカスしていますので、これ以外にも、ローズマリーに関する情報の多くが割愛されています。実は彼女、教員資格を持っていて、放浪の途中でネバダ州バトルマウンテンとウェストバージニア州デイヴィで教職に就いてきます。そこで、田舎町には大卒の教員なんてほとんどいないのですぐに職が見つかるのに、彼女に働く気がないので子どもたちが飢えることになるといった裏事情も示されます。またローズマリーの母親、フェニックスで暮らすグランマ・スミス(彼女も元教員)も原作には何度も登場する重要人物です。
ついでに記すと、ジャネットのフィアンセとして登場する金融アナリスト、デヴィッドは映画で創作された人物で、実際はエリック(Eric Goldberg)という男性と最初の結婚(ハーバードクラブで披露パーティ)をしています。彼は小さな会社を経営し、親から受け継いだパークアベニューのアパートで暮らす、生まれながらに裕福な男性で、ジャネットはその結婚が破綻し、2002年にライターのジョン・J・テイラー(John J. Taylor)と再婚したことで、自分の過去に向かい合い、この自叙伝を書く決心をしたそうです。
公式サイト
ガラスの城の約束(The Glass Castle)
[仕入れ担当]