今年は洋画の当たり年かも知れませんね。主演のブリー・ラーソン(Brie Larson)がアカデミー主演女優賞に輝き、子役のジェイコブ・トレンブレイ(Jacob Tremblay)の真に迫った演技で注目を集めたこの話題作、二人の演技があまりにも素晴らしくて、終映後、しばらくボーッとしてしまいました。
原作はエマ・ドナヒュー(Emma Donoghue)の「部屋」。ベストセラーになっただけあって、特に、子どもの語りで描かれるほのぼのとした世界が、実は想像を絶するおぞましい部屋での出来事だったり、その部屋から解放された後にさらにおぞましい世界が広がっていたりと、仕掛けも構成も非常に巧みな小説です。こういった映画は、原作との比較で批評されがちですが、小説に負けず劣らずの完成度の高さだったと思います。
それもそのはず、脚本も原作者が手がけたそう。もちろん小説と映画は異なりますので、たとえば小説では母と息子が瓜二つ、作中の言葉でいえば“dead spit”だという設定で、それに関する会話や展開があったりするのですが、そういう映像化しにくい枝葉末節はざっくり切り捨て、かわりに俳優の表情や巧みなカメラワークで小説の行間を伝えていきます。
最大のみどころは何と言ってもジェイコブ・トレンブレイの演技力でしょう。驚異的としか言いようがありません。たたずまいも良くて、ちょっとした表情や仕草に魅了されます。小説にも映画にも女の子と間違えられる場面がありますが、それも納得で、この写真(instagram)を見る限り、プライベートでもあの可愛らしさは変わらないようです。
物語は、ある男に誘拐され、7年にわたって“部屋”に監禁されていた女性と、その“部屋”で生まれ育ち、外の世界を知らずに育った息子を中心に展開します。その“部屋”というのは、ある男の家の裏庭にある電気錠で閉鎖された納屋で、外光が入るのは天窓のみ。通気口に向かって叫んでも、誰にも声が届かない隔離された空間です。
監禁されているジョイという女性は、彼女がオールド・ニックと呼んでいる誘拐犯の子どもを産み、彼をジャックと名付けて育てています。ちなみに小説ではその前に女児を出産したことになっていますが、映画では触れられません。ついでに記せば、オールド・ニックは1961年10月12日生まれの40代という設定で、オールドというほど老齢ではありません。
囚われのジョイにとって、ジャックをきちんと育てることのみが生き甲斐。日々、読み書きやお絵かきを教え、独自のエクササイズで健康を維持しています。彼女たちが置かれた状況の矛盾を悟らせないように、部屋に置かれたTVに映し出される情景はニセモノだと教え、部屋の中に存在しているものだけをホンモノだと教えています。
ジャックが5歳を迎え、ジョイはジャックを“部屋”の外に出そうと決心します。結局、作戦がうまくいって母子とも脱出できるのですが、外界におけるジョイは、誘拐の被害者であると同時に、誘拐犯の子どもを産んだ女性です。そしてジャックは誘拐犯の子ども。世間からの好奇の視線と偏見にさらされて傷を深めることになります。
ジャックも、さまざまな人とコミュニケーションをもたなくてはいけない外界より、それなりにうまく収まっていた“部屋”を懐かしんだりします。つまり、誘拐犯の醜悪さと世間の醜悪さを並べて描いていくわけですが、このあたりにある種の普遍性と時代性を感じます。
ジョイを演じたブリー・ラーソンは、一昨年に観た「ショート・ターム」で、心の奥底に残された傷を隠しながら、児童保護施設で働く女性を演じていた人。ちょっとした表情で、複雑な感情を表現できるところが持ち味ですね。
今後はボストンを舞台にしたギャング映画など主演作が続くようですが、来年には再び「ショート・ターム」の監督とタッグを組んだ作品が公開されるそうで、ますます楽しみな女優さんです。
彼女と子役のジェイコブ・トレンブレイの他には、ジョイの父親役として「君が生きた証」で監督デビューしたウィリアム・H・メイシー(William H. Macy)、母親役として「ボーン」シリーズでお馴染みのジョアン・アレン(Joan Allen)が出ています。
[仕入れ担当]