このブログでも「わたしはロランス」「トム・アット・ザ・ファーム」「Mommy/マミー」とベタ褒めしてきたグザヴィエ・ドラン(Xavier Dolan)監督の最新作です。昨年のカンヌ映画祭でグランプリを獲得しているのですが(パルムドールは「わたしは、ダニエル・ブレイク」)、これまでの作品に比べて、ややわかりにくいというか、観客を選ぶ作品になっています。
原作は、ジャン=リュック・ラガルス(Jean-Luc Lagarce)というフランスの劇作家が書いた1990年の戯曲で、久しぶりに集まった家族が、昼食からデザートに至る時間、家の中で語り合うという会話劇です。
ただそれだけのお話ですが、キーになっているのは、12年前に実家を出たきり音沙汰なかったルイがゲイであること、帰ってきた理由が自分が死に至る病だと家族に告げるためということ。ちなみに原作者のジャン=リュック・ラガルスは1995年に38歳の若さでAIDSで亡くなっています。
登場人物は、ほとんどセリフのない主人公ルイ、その母親のマルティーヌ、妹のシュザンヌ、兄のアントワーヌとその妻カトリーヌの家族5人の他、ルイの昔の恋人ピエールがほんの少し登場するだけ。そのルイを「SAINT LAURENT/サンローラン」のギャスパー・ウリエル(Gaspard Ulliel)、マルティーヌを「わたしはロランス」のナタリー・バイ(Nathalie Baye)、シュザンヌを「007 スペクター」のレア・セドゥー(Léa Seydoux)、アントワーヌを「ブラック・スワン」のヴァンサン・カッセル(Vincent Cassel)、カトリーヌを「サンドラの週末」のマリオン・コティヤール(Marion Cotillard)という錚々たる俳優が演じています。
地味な会話劇を、これだけ豪華な布陣で撮るドラン監督も立派なものですが、ほとんど会話だけで進む作品である上、カメラがギリギリまで寄って表情で語らせますので、実力ある役者にしか演じられないという面もあります。実際、誰が主役かわからなくなるほど、それぞれが印象深い演技を繰り広げます。
映画の幕開けは、ルイの飛行機の中でのモノローグ。そこで彼がしばらく実家に帰っていなかったこと、なぜ帰るのかといったことが明らかになります。後の座席で騒いでいた子どもが、ふいに両手を伸ばしてルイに目隠しをするという何かを暗示するような場面(ポスターの映像)からスタートです。
実家に戻ってみると、母親のマルティーヌはルイの帰宅に備えてご馳走をふんだんに用意し、慌てて塗ったマニュキュアをドライヤーで乾かしています。久しぶりに息子に会うのだから、きれいにしておかなくては、というタイプの母親です。妹のシュザンヌ(原作では23歳)は、ルイが出て行った12年前はまだ子どもでしたので、都会で劇作家として成功している兄にようやく再会できると興奮気味。
それに対して、兄のアントワーヌ(原作では二つ下の弟)はどこか不機嫌です。そしてその妻カトリーヌは、初めて会う義弟とうまく会話できるか不安に思っています。ルイが到着する早々、子どもたちにも会わせたかったが、以前から実家に預ける約束をしていて、急に行けなくなったというと親が心配するのでと語り続け、アントワーヌはアントワーヌで、ルイは子どもの話なんか興味ないはずだと妻を怒鳴りつける有り様。
家を出て勝手気ままに生きてきたルイと、田舎に残ってさまざまなことに束縛されて生きているアントワーヌ。都会に憬れつつも踏み出す自信がないシュザンヌと、現状を受け入れて淡々と生きているカトリーヌ。会話が進むにつれて、4人の価値観の違いが顕わになっていきます。それをベースに、ルイの帰還でもたらされた家族間の緊張感を微妙なバランスで表現していくわけです。
もちろん、ドラン監督の作品ですから、何よりも重要なのは母親のマルティーヌ。彼女がルイに向かって言う、あなたを理解できないけど愛している“Je ne te comprends pas, mais je t’aime”という言葉は、本作で最も印象的なセリフでしょう。演じたナタリー・バイの巧さと雰囲気が相まって、母の愛の本質が滲む名場面です。
そのような感じで、含みのあるセリフと、役者たちの表情の変化をベースに映画が進んでいきます。物語といえるほどの展開はなく、じわじわと登場人物たちの内面がさらけ出されていく感じです。ひとつひとつの言葉がポイントになる作品ですので、英米で酷評され、フランスで絶賛されたというのもわかる気がします。
これまでドラン作品を観てきた方なら観ておくべき作品だと思いますが、それなりに集中力が必要ですので、リラックスして楽しめるものではありません。本腰を入れて観に行くタイプの1本だと思います。
公式サイト
たかが世界の終わり(Juste la fin du monde)(It’s Only the End of the World)
[仕入れ担当]