「アメリ」や「ミックマック」のジャン=ピエール・ジュネ(Jean-Pierre Jeunet)監督が、初めて3Dで撮った作品です。
独特の世界観を持つ監督ですから、果たしてどんな映像を見せてくれるのか、期待して3D版を観たのですが、3D映像であることより、ジャン=ピエール・ジュネらしい色彩やファンタスティックな表現の方が強く印象に刻まれる作品でした。
ですから、3Dメガネがお嫌いな方や、混雑していて中央の席が取れない場合は、2D版を選んでもあまり問題なさそうです。
物語は、米国北西部・モンタナ州の牧場で暮らすスピヴェット少年の一家をベースに展開します。その家族というのは、100年遅れのカウボーイである父と、ちょっと変わり者の昆虫博士の母、ビューティーコンテストに出場して有名になることを夢見る14歳の姉、スピヴェット少年、そして今は亡きスピヴェットの双子の弟であるレイトンの5人。
父から愛されているレイトンのように、男の子らしくなりたいと思っていたスピヴェット。レイトンが銃の暴発で亡くなって以来、家族の心がバラバラになりかけていることを、自分のせいだと思い込んで暮らしています。
そんなある日、スピヴェットが発明した永久機関が雑誌に掲載され、スミソニアン学術協会(Smithsonian Institution)から、最も優れた科学者に贈られるベアード賞(Baird Prize)を受賞したという電話を受けます。10歳の子どもがワシントンDCまで行けるわけないと思ったスピヴェットは、父親が発明したことにして一旦、表彰式への参加を断るのですが、その後、思い直して表彰式でスピーチすることにします。
モンタナの田舎町からワイオミング→ネブラスカ→シカゴへと貨物列車に無賃乗車し、シカゴからはトラックにヒッチハイクしてワシントンDCに向かいます。そして、スミソニアンでの表彰式の後、天才少年が現れたということで、メディアを巻き込んだ大騒動に繋がっていきます。
そんな他愛のないストーリーなのですが、そこで強調して描かれているのは、アメリカ的な世界。暴力の象徴としてのカウボーイや銃であったり、女性蔑視の象徴としてのビューティーコンテストであったり、そんな価値観を盲信している田舎の人々であったり、巨大メディアの浅薄さであったり……。
このフランス人監督は、米国を舞台にした物語を紡ぎながら(撮影地はすべてカナダだそうですが)、これらアメリカ的な価値観に対して非常に辛辣です。
たとえばスピヴェット少年がシカゴから乗せてもらうトラックの運転手。ヒッチハイクで乗せた人と必ず記念撮影しているという運転手の写真の中には、跪いたアラブ人に銃を向けている従軍中の写真が混じっていたりします。
その無邪気さで、監督の皮肉な視点を代弁していくスピヴェット少年を演じたのは、新人のカイル・キャトレット(Kyle Catlett)。原作であるライフ・ラーセン著「T・S・スピヴェット君 傑作集」では12歳の設定だそうですが、オーディションで選ばれた彼の実年齢に合わせ、役の年齢を10歳に変えたというだけあって、愛らしさと同時に知性を感じさせる素晴らしいキャラクターです。
そして母親のクレア博士を演じてカイル・キャトレットを支えたのが、「アリス・イン・ワンダーランド」「英国王のスピーチ」「レ・ミゼラブル」などのヘレナ・ボナム=カーター(Helena Bonham Carter)。彼女の確かな存在感が、アメリカ的な価値観に対抗する一つの基軸になっています。
その他、スミソニアンの部長の役で「ガウディアフタヌーン」のジュディ・デイヴィス(Judy Davis)、貨物列車で出会うホーボーの役で、この監督の作品の常連であるドミニク・ピノン(Dominique Pinon)が出ています。
編集上の問題でワインスタインカンパニーともめていて、いまだ米国内で公開できないそうですが、表面的な物語と明るく楽しげな映像を楽しむのも良し、カイル・キャトレットの愛らしい演技を楽しむのもよし、その向かう側に仕掛けられた毒を楽しむのもよし、といった映画です。ジャン=ピエール・ジュネ好きには見逃せない一本だと思います。
公式サイト
天才スピヴェット(L’extravagant voyage du jeune et prodigieux T.S. Spivet)
[仕入れ担当]