久しぶりのペドロ・アルモドバル(Pedro Almodóvar)監督作品は原点回帰ともいえる母娘もの。中心になるのは同じ日に同じ産院で娘を産んだ二人のシングルマザーですが、彼女たちの母親、さらに遡って既に歴史の一部になっている祖母、曾祖母まで関係してくる物語です。
主人公のジャニスを演じたのは前作「ペイン・アンド・グローリー」にも出ていたペネロペ・クルス(Penélope Cruz)。その前々作「アイム・ソー・エキサイテッド!」にもカメオ出演で少しだけ映りましたが、主役を務めるのは12年前の「抱擁のかけら」以来ではないでしょうか。
もう一人のシングルマザーである17歳のアナを演じたのは映画出演2作目というミレナ・スミット(Milena Smit)。彼女の母親テレサを演じたのはヘレナ・ローナー(Helena Rohner)の愛用者としてお馴染みのアイタナ・サンチェス=ギヨン(Aitana Sánchez-Gijón)で、本作もヘレナのアクセサリーで登場します。
下の写真は、舞台俳優という設定の彼女がこのポーセリンネックレスを着けてオーディションを受けている場面。彼女のinstagramの動画を見ると耳元はこのフープピアスだとがわかりますし、テラスのシーン(instagram)もヘレナの指輪とピアスを着けていたとわかります。映画の完成試写会(instagram)ではレジンとストーンのピアスを着けていたようですね。

映画の物語は、二人の母親の交わるはずのない人生が産院のミスで交わってしまうというもの。ジャニスと同じ病室に入院していたアナも同じ日に娘を出産したのですが、手違いで新生児が入れ替わってしまい、互いにそれを知らずに育てていきます。

ジャニスの娘の父親は法人類学者のアルトゥロ。彼女は主に雑誌で活躍しているフォトグラファーで、撮影でたまたま出会ったアルトゥロにある相談を持ちかけ、それをきっかけに親密な関係になります。彼に癌を患っている妻がいることもあって二人は自由な関係を続けるのですが、妊娠を告げた際、この状況で離婚を切り出すことはできないと中絶を打診されたことから、ジャニスはシングルマザーとして子どもを育てる道を選びます。

彼女がアルトゥロに相談した件というのは、内戦時にファランヘ党による弾圧と粛正で犠牲になった曾祖父アントニオたちの遺骨調査のこと。スペインには2007年に成立した歴史記憶法(Ley de Memoria Histórica de España)という法律があり、犠牲者の権利回復や補償請求などの他、11条から14条で身元不明遺体の発掘調査について定めています。ジャニスは、アルトゥロがナバラ州で調査委員を務めていることを知り、発掘の公的支援が得られるように協力を依頼したのです。

出産後はアルトゥロと距離をおいていたジャニスですが、遺骨調査の件で再会します。引き続き尽力してくれていた彼を自宅に招き、娘のセシリアに会わせるのですが、彼は娘を見た途端、自分の子どもとは思えないと言い始めます。確かに、切れ長の目といい、やや浅黒い肌といい、白人の両親をもつ子どもとしては不自然です。

祖母がベネズエラ出身なのでその血かも知れないというジャニスに、念のためDNA鑑定をして欲しいと言うアルトゥロ。ジャニスは拒否するのですが、不安で仕方ありません。結局、検査キットを取り寄せて鑑定し、自分の子どもではないことを知ります。この事実は自分の中だけにとどめておこうと決め、電話番号も変えて仕事に打ち込みます。

その数ヶ月後、自宅近くのカフェで偶然アナと再会することになります。彼女は最近このカフェで働き始めたとのこと。女優として成功を目指していた母がようやくチャンスを得て、巡業中心の留守がちな暮らしになったので、母の家を出て独り暮らしを始めたと言います。ジャニスは、仕事が終わったら自宅に寄っていかないかと誘います。

その晩、自宅を訪ねてきたアナから、娘のアニタが乳幼児突然死症候群で亡くなったことを知らされます。彼女からアニタの写真を見せてもらったジャニスは、産院で子どもが入れ替わったことを確信します。ちょうど雇っていたメイドが夫の病気の関係で辞めようとしていたことや、ベビーシッターをするかわりに部屋を与えていた留学生を追い出したかったこともあり、アナにメイドとして働かないかと提案します。住み込み食事付きで800ユーロはカフェの月給500ユーロより良い条件です。

こうして二人は同居することになり、アナがアニタを産んだ経緯や、父と暮らしていたグラナダを出てマドリードの母の家に移ってきた理由が明かされ、次第に彼女たちの関係も変化していきます。またジャニスは密かにアナの唾液を採取し、セシリアの母親がアナであることを確認します。

ジャニスのもとを訪ねてきたテレサとの会話で、母であることと夢を追うことを両立させる難しさについて触れ、発掘の承認が得られたことで再会したアルトゥーロとは新たな関係が始まり、映画は結末に向けて一気に進んで行きます。多少、強引な展開になりますが、母娘の物語と内戦の歴史を組み合わせるためには致し方なかったのでしょう。要するにDNA検査です。

発掘調査のためにナバラまで行くのかと思えば、アルトゥーロとジャニスが乗った黄色いスズキ・ジムニーが向かった先はマドリード北部のトレモチャ・デ・ハラマ(Torremocha de Jarama)のようですね。歴史記憶回復協会によると共同墓穴は全国に約2000ヶ所あるそうで、地図(Mapa de la Memoria)を見ると北部に多いようですが、マドリードを含む中央部にも何ヶ所か点在しています。その近所にあるという設定のジャニスの旧家はトレラグーナ(Torrelaguna)で撮ったそうです。ちなみにジャニスのマドリードの自宅はドス・デ・マヨ広場のそばという設定のようで、アナが働いていたカフェはCafé Modernoですね。
歴史については内戦に触れるだけでなく、ジャニスの母親がヒッピーで、好きだったジャニス・ジョプリンに因んで娘の名前を決めたというサブカル的な逸話も織り込まれます。ジャニスはもうすぐ40歳ということですから1980年代前半の生まれだと思いますが、ジャニスの母親はフランコが亡くなった1975年からほどなくしてイビサに渡ったことになります。英国人が大挙して押し寄せる前のイビサには興味深いものがありますね。

この作品も例に漏れず、隅々まで計算され尽くした美しい色彩と凝った小道具で創られています。撮影は「バッド・エデュケーション」「ボルベール」「私が、生きる肌」「アイム・ソー・エキサイテッド!」「ペイン・アンド・グローリー」「ヒューマン・ボイス」の大御所ホセ・ルイス・アルカイネ(José Luis Alcaine)、プロダクトデザインは上記作品の他「抱擁のかけら」なども手がけてきたアンチョン・ゴメス(Antxón Gómez)。
ジャニスの仕事用カメラはキャノンEOS-5DのMark IVとProfoto Connect Proを付けたライカM6、自宅で子どもを撮るのは富士フイルムのX-H1、暖炉の上にはアーヴィング・ペンのNubile Young Beauty of Diamaré, Cameroonが掛けられているといった具合で、おそらくこのいくつかはアルモドバル監督の私物でしょう。

その他の出演者としては、アルトゥーロ役で「マジカル・ガール」「スモーク アンド ミラーズ」に出ていたイスラエル・エレハルデ(Israel Elejalde)、雑誌MUJER AHORA(実在の雑誌MUJER HOYのモジり)の編集長エレナ役で「抱擁のかけら」「ジュリエッタ」などアルモドバル作品の常連ロッシ・デ・パルマ(Rossy de Palma)が出ています。

公式サイト
パラレル・マザーズ(Parallel Mothers)
[仕入れ担当]