予告編で設定も展開も見えていましたので、あまり期待せず観に行ったところ、予想外に良い映画でした。物語と演技がぴったり噛み合い、小ネタも効いていて、とても丁寧に作られた作品だと思います。前作「星の旅人たち」も打ち出しは平凡なのに後でじわっと効いてくるタイプの映画でしたので、これがエミリオ・エステヴェス(Emilio Estevez)監督の持ち味なのかも知れません。
物語はシンプルで、厳しい寒波に襲われたオハイオのホームレスたちが、シェルター不足で凍死していく仲間たちを目の当たりにして、日頃から利用していた図書館を占拠して夜の寒さをしのごうとするもの。騒動に巻き込まれた図書館員スチュアートの過去を絡めることで、米国社会の歪みや胡散臭さ、理想や良心などをさまざまな角度からすくい上げていきます。
そのスチュアートをエステヴェスが演じているのですが、彼の醸し出す雰囲気が最高です。どことなく自信なさげで、組織の力に押し流されそうになりながら、図書館の公共性に対する信念を足がかりにふんばっていくという理想的な図書館員像を体現します。
ワイズマンのドキュメンタリー「ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス」を観たときも同じことを感じましたが、米国図書館員の自立性・独立性に対する意識の高さ、権力の介入を嫌う意思の強さには驚かされます。もちろん、そのあたりは本作でも重要な土台になっていて、ホームレスと共に立てこもることになったスチュアートは、Connecticut Fourに言及し、利用者情報の提供を拒みます。
舞台となるのはオハイオ州シンシナティの公共図書館(The Public Library of Cincinnati and Hamilton County)の本館。ほとんどの場面が館内とファサードで繰り広げられますので、図書館の全面的な協力が得られているわけですが、それもこのようなエステヴェス監督の製作意図あってのことでしょう。

その関係もあってか、映画は図書館員募集の広告映像からスタート。ここで図書館の社会的意義が伝えられるのですが、続いて朝一番から図書館の開館を待つホームレスたちを映し出します。彼らは一部を除いて、読書のためというより、暖をとるために図書館を利用しているようです。後の場面でラムステッド刑事が夜の気温を”10 degree”だと言っていますので、摂氏に換算すればマイナス12ºCということで、かなりの寒さですね。

出勤してきたスチュアートが警備員のエルネストと軽口を叩き合って館内に入り、ロビーに置かれたた白クマの剥製の前でアンダーソン館長から改装中の博物館のものだという説明を聞き、その流れで“話があるので後で来て欲しい”と言われます。そして部下のマイラから文芸セクションへの異動願いを渡され、それなりに問題はありそうですが、いつも通りの一日が始まります。
アンダーソン館長の話というのは、公共図書館ではありがちとはいえ、米国だと大事に至ってしまうという種類の事件で、その対応を聞いた会議室でスチュアートは検察官のデイヴィスと対立します。このデイヴィス、市長選に出馬しようとしている野心家で、彼の目立とう精神がその後の展開をややこしくするのですが、それはさておき、館内に戻ると全裸で歌っているホームレスがいたりして、特定の利用者の権利と他の利用者の権利をいかにバランスよく収めていくかという公共図書館の難しさを改めて示します。

とはいえ、スチュアートは図書館の仕事に強い使命感をもって取り組んでいますし、アンダーソン館長とも、一緒に働いているエルネストやマイラとも良好な関係を保っています。また常連の利用者であるホームレスたちともうまくつきあい、一定の信頼関係が築かれているようです。

しかしその日の閉館時、ホームレスたちとが退館を拒んだことで、これまで事なきを得ていた微妙なバランスが崩れます。彼らの目的は、シェルターが不足し、野宿を余儀なくされたホームレスたちが連日凍死している、図書館を占拠することでその現状を世論に知らしめる(make some noise)というもの。

賛意を示したスチュアートとマイラが館内に残り、事態を素早く収束させてポイントを稼ぎたいデイヴィスと再び対立することになります。これを凶悪事件と印象づけたいデイヴィスが、武装したホームレスがいるかも知れないと発表したせいで突拍子もないエンディングにつながっていくのですが、それは観てのお楽しみ。またそのエンディングの都合上、マイラは途中で出て行くことになりますが、彼女が好きなジョン・スタインベックとジミー・クリフが後の展開で重要な隠し味になっていきます。

マイラを「ネオン・デーモン」のジェナ・マローン(Jena Malone)、検察官デイヴィスを「天才作家の妻 40年目の真実」のクリスチャン・スレーター(Christian Slater)、交渉役として駆り出されるラムステッド刑事を「ブラック・クランズマン」「マザーレス・ブルックリン」のアレック・ボールドウィン(Alec Baldwin)、アンダーソン館長を「オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ」のジェフリー・ライト(Jeffrey Wright)が演じているのですが、実力派を揃えただけあって各キャラクターのクセの強さを巧みに表現して物語に厚みをもたせます。

また、立てこもるホームレス役も「マザーレス・ブルックリン」のマイケル・ケネス・ウィリアムズ(Michael Kenneth Williams)など個性的な俳優を集めていて、彼らとスチュアートの丁々発止が、軽妙なようで現実社会の重みを感じさせる味わい深い会話になっています。

公式サイト
パブリック 図書館の奇跡(The Public)