イヴ・サンローラン没後に作られた彼の伝記映画は、2011年にドキュメンタリー映画「イヴ・サンローラン」、2014年にピエール・ニネ主演の「イヴ・サンローラン」が日本公開されていますが、ベルトラン・ボネロ(Bertrand Bonello)監督、ギャスパー・ウリエル(Gaspard Ulliel)主演ということで話題になった3本目が、フランス公開から遅れること1年以上、ようやく日本にやってきました。
カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に出品され、アカデミー賞外国語映画賞のフランス代表に選ばれたのにもかかわらず、なぜ日本公開がこんなに遅れたか、もちろん真相はわかりませんが、おそらく、ちょっと通好み過ぎるからではないかと思います。
本作は1967年から1976年、つまりプレタポルテの大成功で時代の寵児ともてはやされた頃から、後々まで語り継がれるバレエ・リュスに触発された伝説的コレクションまで、最も輝いていたイヴ・サンローランの裏側に強くフォーカスして作られています。そのかわり、伝記映画でありながら、生い立ちについても、彼を取り巻く人たちについてもほとんど説明がありません。
ですから、映画を楽しむためには、イヴ・サンローランのライフストーリーや、1970年代のサブカルチャーに関する予備知識が必要です。逆にいえば、70年代のパリやファッションについてある程度の知識があり、上記の伝記映画を観ている方なら、何かしら響いてくるものがあると思います。映画そのものは、洒落た作りといい、心の奥底まで表現しようとする姿勢といい、非常にフランス映画らしい作品です。
本作が前の2作と大きな違うところは、イヴ(Yves Saint Laurent)とジャック(Jacques de Bascher)の関係が詳細に描かれているあたりでしょう。
ご存じのように、イヴにはピエール・ベルジェ氏(Pierre Bergé)という公私にわたるパートナーがいました。ディオールを馘になったイブは、ベルジェ氏と共にメゾンを立ち上げ、彼のマネジメント能力に支えられて成功を収めていくわけです。
しかし、メゾンの成功に伴いプレッシャーも高まります。そんな折、カール・ラガーフェルド(Karl Lagerfeld)のボーイフレンドだったジャックと出会ってしまいます。
問題なのは、ジャックが度を過ぎた享楽的な人物で、さまざまな薬物を愉しみ、大勢の男娼と付き合っていたこと。現実逃避したいイヴは、ジャックとの関係に耽溺していってしまい、ベルジェ氏との関係もメゾンの経営状況も悪化します。ちなみに、この場面ではカールという名前が何度か出てきますが、それがデザイナーのラガーフェルド氏のことだという説明はありません。
また関係した男娼たちを懐かしむ場面で、アラブ系の名前が挙げられるのも示唆的です。イブがマラケシュの別荘(Jardin Majorelle)で「この海岸を東に行けばオラン(Oran)だ」と語るシーンもありますが、幼少時代をアルジェリアで過ごし、アラブの文化や人々に親しんだことが、その後のイヴ・サンローランを作り上げたということを監督は示したかったのでしょう。イブやジャックが訪れていたパリ北駅の界隈は、今もアフリカから移民してきたイスラム教徒の多い地域です。
ジャックの他では、前の2作ではそれほど脚光を浴びなかったアン・マリー・ムニョス(Anne-Marie Muñoz)が目立っています。イブの片腕としてメゾンのクリエイションを仕切っていた女性ですが、本作では壊れていくイブを描く都合上、登場シーンも存在感も増します。ちなみに彼女を演じたのは「100歳の少年と12通の手紙」の看護婦役だったアミーラ・カサル(Amira Casar)。以前はファッションモデルとしてゴルチェ(映画の中では散々な言われようですが)やシャネルで活躍していた英国出身のフランス女優です。
元モデルといえば、イヴ・サンローランのミューズの1人、ベティ・カトルー(Betty Catroux)を演じたエイメリン・バラデ(Aymeline Valade)も最近までシャネルやクロエのショーで大活躍していたファッションモデルです。そういえばベティ・カトルー本人も元はシャネルのモデルでしたね。ブロンドのストレートの髪型がよく似合っていました。
もう1人の有名なミューズ、ルル・ドゥ・ラファレーズ(Loulou de la Falaise)を演じたのはレア・セドゥ(Léa Seydoux)。先日「007 スペクター」で観たばかりですが、「アデル、ブルーは熱い色」以降、業界を席巻している感があります。個人的には、ルルはもう少し不良っぽい印象なのですが、レア・セドゥも大ぶりのアクセサリをジャラジャラ着けて、それらしく頑張っていました。
男優では、ベルジェ氏を演じたジェレミー・レニエ(Jérémie Renier)が良い感じでした。「少年と自転車」のお父さん役、「最後のマイ・ウェイ」のクロード・フランソワ役が記憶に新しいところですが、今回もこれまでとは違った印象の演技を見せてくれます。
そしてジャックを演じたルイ・ガレル(Louis Garrel)。フィリップ・ガレル監督の息子さんですね。本作には、イブからパンタロンスーツを勧められるドゥーザー夫人(Mme Duzer)の役でヴァレリア・ブルーニ・テデスキ(Valeria Bruni Tedeschi)が出ているのですが、彼女から見れば元カレとの共演ということになります。
それからチョイ役ですが、老いたイブ(1989年という設定だそう)の役でヘルムート・バーガー(Helmut Berger)が出てきます。往年のヴィスコンティ俳優らしく、70歳を過ぎてもどことなく元美青年の雰囲気があり、適役だと思いました。ここ20年ほど見かけませんでしたが、最近は「パガニーニ」に出演したり、また復活したようです。
本作も、ピエール・ニネ主演の「イヴ・サンローラン」同様、1976年のコレクションでクライマックスを迎えるわけですが、ここで使われるスプリットスクリーンの映像にモンドリアン風の枠を入れるあたりも洒落ています。もちろん流れる音楽はマリア・カラスのVissi d’arte。以前の作品を観たときも、頭の中でこの曲をリフレインさせながら映画館を後にしたことを思い出しました。
※下の写真はイブの自宅にあった仏像とカメオのコレクション。2014年にピエール・ベルジェ = イヴ・サンローラン財団へ行ったときのブログはこちら
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