第二次チェチェン紛争をテーマにしたドラマです。監督は「アーティスト」でアカデミー賞の監督賞に輝いたミシェル・アザナヴィシウス(Michel Hazanavicius)。これまでコメディを撮ってきた監督が、このような重い内容の映画を手がけたことに驚きましたが、インタビューによると、以前からこういう作品を撮りたいと構想を練っていて、「アーティスト」の成功によってようやく実現できたとのこと。
その思い入れの強さは、ドキュメンタリー映画のような生々しい映像からも伝わってきます。リアリティを追求するため、セットを組むのは極力避けて、グルジア(日本では最近ジョージアに変更)にある本物の兵舎や集合住宅を使って撮影したそうです。
私は、同時期にあったコソボ紛争のことはニュースなどで聞き知っていたのですが、チェチェン紛争のことはまったく気にしていなくて、この映画を観てからネットで調べて概要を知ったような有様です。本作は、まさに私のような「無関心」な層に対するアピールとして撮られた映画で、劇映画としてはドラマティックさに欠けるような気もしますが、それも監督の意図なのかも知れません。
映画の始まりはビデオカメラで撮られている手ぶれ気味の映像。「Mommy/マミー」で観たような正方形の画面が田舎道を進み、農夫を尋問しているロシア兵に行き着きます。会話の様子から、撮影者はロシア兵の仲間のようです。農夫が本を読むような姿勢で祈り始め、彼がイスラム教徒だとわかりますが、それを忌まわしく感じたロシア兵がいきなり射殺。続いて泣き叫ぶ農夫の妻も射殺します。
それを幼い弟の子守をしながら家の窓から見ていた9歳の少年ハジ。両親と一緒にいた姉も射殺されたに違いないと思ったハジは、まだ乳飲み子の弟を他人の家の軒先に捨てて放浪し、他の難民と一緒に街にたどり着きます。
一旦は赤十字の施設で保護されますが、そこから逃げ出して街を彷徨っているうちに、EU代表部で働くキャロルと出会うことに。
ショックで言葉を失ったハジが、キャロルと心を通わせ合うようになっていく過程が物語の主軸となりますが、それと併行して、ロシア軍に強制入隊させられた青年コーリャの物語が描かれるあたりに、監督の思いを感じます。つまり、軍隊の暴力に蹂躙されるハジの一家も、軍隊の暴力装置に変えられていくコーリャも、いずれも国家権力に怯える弱者だということ。
そして、ここでいう国家とはプーチン率いるロシアのことで、ちょっと調べただけで、このチェチェン紛争では、日本人の常識では考えられないようなことが、あたりまえのように起こっていた事実に驚愕します。
昨年あったウクライナの政変、クリミア半島併合を、欧州の国々があれほど強く非難していた理由、即ち欧州の人たちのロシアに対する警戒心も理解できるような気がしました。司馬遼太郎が「坂の上の雲」で記していた言葉を思い出します。
キャロルを演じたのは「アーティスト」でセザール賞、「ある過去の行方」カンヌ映画祭の女優賞に輝いているベレニス・ベジョ(Bérénice Bejo)。ミシェル・アザナヴィシウス監督のパートナーでもあります。
赤十字の職員ヘレンを演じたのはアネット・ベニング(Annette Bening)。このブログでも「愛する人」「キッズ・オールライト」「ジンジャーの朝」で絶賛していますが、本作でも非常に重要な脇役を巧みに演じて、ベレニス・ベジョを引き立てています。
チェチェン人の少年、ハジを演じたのはアブドゥル・カリム・ママツイエフ(Abdul Khalim Mamutsiev)、その姉ライッサを演じたのはズクラ・ドゥイシュビリ(Zukhra Duishvili)。2人とも現地のオーディションで選ばれた素人とは思えない好演です。特にハジは、ビージーズの"You Should Be Dancing"に合わせてレズギンカ風の踊り(トラボルタ風ではなく)をみせるシーンが素晴らしくて、てっきり踊りで選ばれたのかと思っていたら、出演が決まってから踊りの特訓をしたそうです。
そして、普通の青年からロシア兵に変わっていくコーリャを演じたのはロシア人俳優のマキシム・エメリヤノフ(Maksim Emelyanov)。出自を考えるとあまり嬉しい役ではないと思いますが、トレーニングで体重を8キロ増やして役に臨んだというだけあって、次第に狂気じみていく末端の兵士像をリアルに演じていました。
戦争の愚かさを丁寧に描いた価値ある作品だと思います。しかし、それ以上に、コメディを撮りながら、ずっとこういう作品を撮りたいと願っていたアザナヴィシウス監督の強い思いに心が動かされました。
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