オーストリア=ハンガリー帝国の皇后、エリザベートを題材にした映画です。美貌の持ち主として知られる彼女のイメージを活かし、美への執着と自由への憧れを終生抱き続けていたという設定で、史実に縛られない物語が展開します。
主演は「ファントム・スレッド」「蜘蛛の巣を払う女」「ベルイマン島にて」のヴィッキー・クリープス(Vicky Krieps)で、本作でカンヌ映画祭“ある視点部門”で最優秀演技賞を受賞しています。プロデューサーも務めていますが、彼女の父親ボブ・クリープスは映画配給会社の経営者であり、ルクセンブルク文科省の局長やルクセンブルク映画基金の理事を務めた人ですので、製作資金を得る上で適任だったのかも知れません。

監督のマリー・クロイツァー(Marie Kreutzer)は、日本公開作はこれが初ですが、ドイツでは映画監督として10年ほどのキャリアがあるようです。また「お嬢さん」には共同脚本家の一人として参加していたようです。

映画の始まりは、エリザベートが女中にウエスト部分を締めさせている場面。映画の原題であるコサージュは英語では花飾りの意味ですが、フランス語では女性の胴着のことで、ここではコルセットの意味で使われています。エリザベートの美への執着と抑圧された生活の象徴となる重要なアイテムです。

エリザベートは1837年生まれですから、1878年には40歳になります。次第に衰えていく自分の美貌に不安を抱きながらも、ウェストサイズと体重の維持には余念ありません。ダイエットのため薄切りのオレンジを好み、手の込んだ髪型を整えるための女中を抱えます。

窮屈な宮廷暮らしを嫌い、旅を好んだエリザベート。この映画でも英国で乗馬を楽しむ場面があり、馬術教師ベイ・ミドルトンとの関係を疑われていると息子ルドルフから諫められます。乗馬教師と親しかったことは史実だそうですが、ルイ・ル・プランスと出会い、映画撮影の技術に魅了される場面は創作とのこと。

本作は物語が創作であることをセットの背景などに現代の要素を織り込むことで示します。たとえば何度か登場するフェンシングのシーン。古めかしい体育館の出入口には避難路の誘導灯が見えます。当然、19世紀にはなかったものです。

またエンディングで登場する船には脱出用の救命ボートがいくつも備えられていて、どう見ても現代の船舶です。線路脇のシーンではトラクターが映り込みますし、ときおり電話機も映ります。自由を追い求めたエリザベートに呼応するかのように、映画も自由に作られているのです。

そういう意味でいえば、クライマックスのアンコーナの場面は最大のフィクションです。史実ではジュネーヴのレマン湖のほとりで最期を迎えるのですが、長い髪を切り捨て、コルセットから解放されたエリザベートが、あらゆる軛から自由になるべく向かう場所は、どこまでも青い海が広がるアドリア海が相応しいということなのでしょう。

旧来の価値観にとらわれ、束縛された生活をおくる女性が自由を求めるという点で、ある種のフェミニズム映画と言えます。しかし皮肉なことに、エリザベートの夫であるフランツ・ヨーゼフ1世を演じたフロリアン・タイヒトマイスター(Florian Teichtmeister)が児童ポルノ所持容疑で起訴され、別のオーストリア人俳優が性的暴行の疑惑を報じられるなど、低レベルな醜聞に見舞われました。

それでも作り手たちの主張が損なわれるわけではありませんし、ヴィッキー・クリープスの熱演、ジュディス・カウフマン(Judith Kaufmann)の撮影、カミーユ(Camille)などの現代的な音楽は十分に魅力的で、まとわりつく憂鬱さを拭い去ろうと動き回る姿には共感できると思います。
主な出演者はドイツやオーストリアなどで活躍している俳優たちで、あまり馴染みがありませんが、ノーサンプトンシャーの馬術教師ベイ・ミドルトン役は「ベルファスト」でビリー・クラントンを演じていたコリン・モーガン(Colin Morgan)です。
公式サイト
エリザベート 1878(Corsage)
[仕入れ担当]