映画「帰れない山(Le otto montagne)」

Le otto montagneミラノ生まれのイタリア人作家パオロ・コニェッティ(Paolo Cognetti)が2016年に発表し、世界的なベストセラーとなった小説の映画化です。西アルプス・モンテローザを臨む山村を舞台に、山への強い思いが両親や友人との関係を絡めて綴られていきます。

主人公ピエトロ・グアスティと両親は毎夏、さまざまな地域の貸別荘を借りてバケーションを過ごしていましたが、1984年7月、ピエトロが11歳のときにグレノン山を仰ぐグラーナ村に家を借ります。夏が来る度に生活必需品を運び込み、夏が終わると片付けるという毎年の行事を母が厭い、空き家を借りっぱなしにすることにしたのです。ちなみにグレノン山もグラーナ村も架空の場所で、作者が当時暮らしていたヴァッレ・ダオスタ州ブリュソンからエストウルにかけての地域をモデルにしたようです。

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父ジョヴァンニはトリノの大きな工場で働く実直なエンジニアで、休日にグラーナ村に来て息子と山歩きするのが唯一の趣味です。夏の間、ピエトロと母フランチェスカはグラーナ村で過ごすのですが、そんななかでピエトロは村の少年ブルーノ・グリエルミーナと知り合いになります。グラーナ村の住民はみなグリエルミーナという姓だという小さな村では数少ない子どもの一人であるブルーノは、父が出稼ぎに行っている関係で、牧畜を営む叔父夫婦と暮らしています。そんなブルーノと、人付き合いが苦手で街の学校にも親しい友人がいなかったピエトロは次第に打ち解けていきます。

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ブルーノは夏の間、放牧のため、彼らが高原牧場と呼ぶ高地で叔父と一緒に暮らします。遊び相手を失ったピエトロを気遣ってか、父が高原牧場に行ってみようと誘います。父は、高原牧場のブルーノを誘って一緒に氷河まで歩こうと考えていたのです。

ブルーノの叔父を説得し、3人で氷河を目指します。久しぶりの再会を楽しんでいたピエトロですが、山小屋に着いた頃から気分が悪くなり始めます。翌朝、気持ちを奮い立たせて雪原を歩き始めたものの、クレパスを飛び越える段になり、父に続いてブルーノが飛び越えたところで力尽きます。怖くて立ちすくんでいるうちに高山病で倒れてしまうのです。この経験が後々までピエトロのコンプレックスになります。

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それから何年かはグレノンで山歩きを楽しむ夏を過ごしていましたが、ミドルティーンになったピエトロは父親と衝突してグラーナ行きをやめてしまいます。ブルーノと会うこともなくなり、成人して実家を出てからは、両親と会うことも少なくなります。

2004年、山の暮らしから遠ざかり、小さな仕事で生計をたてていたピエトロのもとに母から父ジョヴァンニの訃報がもたらされます。享年62歳。31歳のピエトロのちょうど倍の年齢でした。つまり父が自分の年齢だった頃、既に責任ある仕事に就き、妻子を養っていたわけで、まだ何事も成し遂げていないピエトロは打ちのめされます。

実家の母から、ジョヴァンニがピエトロに遺した土地があると知らされます。グレノンの中腹にある石造りの廃屋で、詳しいことはブルーノが知っているとのこと。ピエトロが疎遠になってからも、父はときどきブルーノと一緒に山歩きに行っていたと聞き、不思議な気持ちを抱えてブルーノに会いに行きます。

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ブルーノは叔父の家を出て、自分の父と同じく石積み職人になったのですが、実父と仲違いしてから、ジョヴァンニにいろいろ相談していたそうです。廃屋はジョヴァンニが気に入り、彼に頼まれて廃屋の持ち主を調べて権利を譲って貰ったとのこと。山道を歩いて現場に行ってみると、石が崩れ落ちた廃墟があるだけですが、ブルーノは、ひと夏あれば住めるレベルまで修復できる、自分の手間賃は要らないので、材料を購入して、手伝いに来れば良いと言います。

こうして約15年ぶりに再開した二人は家の修復作業に取りかかります。ブルーノは週末を除いて現場に寝泊まりし、ピエトロは毎朝グラーナ村からロバで材料を運んで一緒に働きます。ほどなく家が完成し、パルマ・ドローラ(奇妙な岩)と名付けて二人が夏を楽しむ場所として共有します。

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ブルーノは石積み職人をやめ、叔父の高原牧場の復興に奮闘します。自分は山の人間だという彼は、牛を飼い、手搾りのミルクでチーズを作る暮らしが性に合っているのだそうです。その彼の新しい事業も次第に形になり、ピエトロが山に来たときは、互いに行き来しながら交流を深めることになります。

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2007年の夏、ピエトロはガールフレンドのラーラを連れてパルマ・ドローラに行きます。そこでブルーノはラーラに一目惚れし、ラーラもブルーノと自然の中での暮らしに惹かれ、やがて二人は高原牧場で一緒に暮らし始めます。毎日300リットルのミルクから約30キロ、5個か6個のトーマチーズを作って売る生活です。一方、文筆家として収入を得られるようになったピエトロは、アンナプルナへ旅したことでヒマラヤの山々に魅了され、ネパールに拠点を移し始めます。

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その2年後にブルーノとラーラの娘アニータが生まれるのですが、ピエトロが2010年にイタリアに帰国してグレノンまで会いに行くと、二人の様子に違和感を覚えます。要するに高原牧場の経営が火の車なのです。ピエトロは支援を申し出ますが、ブルーノは頑なに拒み、何ごともなかったかのように過ごします。

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その晩、ピエトロはネパールの老人から聞いたという話を語ります。世界の中心に須弥山(スメール)という高い山がそびえ立ち、それを囲むように八つの山と海があるという曼荼羅の世界観で、須弥山の頂上を極める者と、八つの山を巡る者と、どちらがより多く学ぶのか、という問いです。グレノンに根を張って生きているブルーノと、世界を旅するピエトロの違いを喩えているわけですが、これがこの映画と小説の原題(八つの山)になっています。

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また同じときに、チベットではバターがあらゆるものに活用されていて、ランプの燃料にしたり、髪につける整髪料にしたり、鳥葬にも使うという話をします。高地では火葬のための薪を得るのが困難なので、遺体を山中に晒して禿鷲に喰わせる、残された骨を砕いてバターと小麦粉で練っておくとそれも鳥が食べて無になるという話です。ラーラは不快感を示しますが、ブルーノは、土葬も結局は何かに喰われるわけで、鳥の餌になるのも悪くないなと好意的な意見を言います。

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これを一つの伏線にして、2014年明けの厳冬に向けて物語が収束していくのですが、話の面白さもさることながら、画面に映し出される山の映像の美しさに圧倒されます。イタリアの風景の美しさは格別です。小説を読んだときも山の情景描写の素晴らしさに心を鷲づかみにされましたが、映画を観ていると山に行きたい気持ちが駆り立てられます。

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監督・脚本はベルギー出身のフェリックス・バン・ヒュルーニンゲン(Felix van Groeningen)とシャルロッテ・ファンデルメールシュ(Charlotte Vandermeersch)の二人、撮影は同じくベルギー出身のルーベン・インペンス(Ruben Impens)。山岳映画を撮ってきた人たちではないようですが、山の魅力を伝えるのが非常に上手で、小説を読んでいても知らず知らずのうちに見入ってしまうと思います。

語り手であるピエトロ(ブルーノの付けたあだ名はベリオ)役は「グレート・ビューティー」「マーティン・エデン」のルカ・マリネッリ(Luca Marinelli)、ブルーノ役は「ダリダ」でルイジ・テンコを演じていたアレッサンドロ・ボルギ(Alessandro Borghi)で、実際に冬山に入っての撮影は大変だったと思いますが、普段から山で暮らしているかのような自然な演技でした。その他、フランチェスカ役は「歓びのトスカーナ」「3つの鍵」のエレナ・リエッティ(Elena Lietti)、ジョヴァンニ役はフィリッポ・ティーミ(Filippo Timi)、ラーラ役はエリザベッタ・マッズッロ(Elisabetta Mazzullo)です。

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小説は、後半は映画とほぼ同じですが、出だしの部分に父ジョヴァンニと母フランチェスカのなれ初めがあり、彼らがなぜ山の生活にこだわるかがわかるようになっています。

ジョヴァンニは戦災孤児で、元々はフランチェスカの弟ピエトロ(通称ピエロ)の親友でした。ヴェネト州で育った彼らにとって山といえば、カティナッチョ(Catinaccio)、トファーネ(Tofane)、マルモラーダ(Marmolada)といったドロミテ山群なのですが、ピエロは大学時代にサッソルンゴ(Sassolungo)の鞍部で雪崩に巻き込まれて亡くなります。

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傷心のジョヴァンニに寄り添ったのが5歳年上のフランチェスカで、二人はトレ・チーメ・ディ・ラヴァレード(Tre Cime di Lavaredo)の麓の教会で式を挙げ、アウロンツォ(Auronzo)の山小屋に新婚旅行に行き、生まれ育った街を出てミラノで暮らすことになります。ジョヴァンニはエンジニアとして工場で働き、フランチェスカは保健師としてオルミ地区を担当し、生まれた息子を故人に因んでピエトロと付けました。そして数年後、グラーナ村に家を借りてミラノとの二拠点生活を始めます。

映画ではピエトロとジョヴァンニの関係が急に冷え込み、やや唐突な感じがしますが、序盤を読めば、山で無二の親友ピエロを失ったジョヴァンニの息子ピエトロに対する思い入れや期待感、孤児ジョヴァンニの家族や父の役割に対する思い込みが、親子の食い違いの背景にあると理解できます。

山と父から離れた息子ピエトロは実家を出てトリノで映像関係の仕事に就くのですが、そのときたまたま出会った仕事がヒマラヤでの撮影で、再び山に対する気持ちが戻ってくることになります。結局は一周回って父と同じ経験をするわけで、だからこそ二度と“帰れない山”であり、父と同じように周囲の八つの山を彷徨い歩くしかないのです。

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原作の作者は“荒野へ(映画「イントゥ・ザ・ワイルド」)”の主人公、クリス・マッカンドレスに惹かれてブリュソンに居を構え、この小説を書いたそうです。オッソラ(Ossola)、ヴァルセージア(Valsesia)、ヴァッレ・ダオスタ(Valle d’Aosta)、マクニャーガ(Macugnaga)、アラーニャ(Alagna)、グレッソネイ(Gressoney)、アヤス(Ayas)といった山の名前も並びますが、マレイ・ブクチンのような人名も出てくるような小説ですので、山好きの方に限らず、自然な暮らしに憧れる方はぜひ小説も映画と併せてご覧になってみてください。

公式サイト
帰れない山The Eight Mountains

[仕入れ担当]