映画「マーティン・エデン(Martin Eden)」

MartinEden 無学な労働者の青年が知的な上流階級の令嬢に惹かれ、文学を志すという物語です。その青年がマーティン・エデンで、主役を演じたルカ・マリネッリ(Luca Marinelli)が、昨年のベネチア国際映画祭で「ジョーカー」のホアキン・フェニックスを抑えて主演男優賞を獲得し、話題になりました。

原作はジャック・ロンドン(Jack London)の自伝的小説。舞台を米国西海岸のオークランドやバークレーといったサンフランシスコ・ベイエリアから南イタリアのナポリ周辺に置き換え、時代を1890年代から20世紀中盤へ、一部の登場人物の名前をイタリア風に変えていますが、ストーリーは概ね原作通りです。監督のピエトロ・マルチェッロ(Pietro Marcello)はナポリ近郊のカゼルタ出身だそうで、郊外のシーンを撮ったサンタ・マリア・ラ・フォッサは生まれ故郷のすぐ近くということになります。

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ルカ・マリネッリは1982年生まれ。ヒロインのエレナ(原作ではルース)を演じたジェシカ・クレッシー(Jessica Cressy)はこの記事によると1990年生まれで、マリネッリより若いせいか、年上の女性への憧れという原作の設定はなくなっています。また、後半で重要な役割を担うラス・ブリッセンデン(通称ブリス)も同世代から年長者になり、1939年生まれのカルロ・チェッキ(Carlo Cecchi)が演じています。ちなみにカルロ・チェッキはベルトリッチの「魅せられて」に出ていたイタリアのベテラン俳優、ジェシカ・クレッシーはベネトンやギャラリーラファイエット、KOOKAIなどのモデルをしていたフランス人です。

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映画の幕開けは、港で絡まれていた少年を助けたマーティンが、少年の実家である邸宅に招かれ、文学を専攻している姉のエレナと出会う場面。部屋に置かれていた書籍を見ているとエレナが現れ、著者について会話を交わすのですが、その著者が原作のスウィンバーンではなく、ボードレールに変えられています。とはいえ、著者の名前を正確に発音できず、エレナから直され、互いの距離を縮めていく流れは同じ。うまい置き換えだと思いますが、ここを変えた関係で、終盤、スウィンバーンの詩に浸ることなくエンディングに向かうことになります。

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エレナ宅に出入りするようになり、マーティンは彼女の知性の源泉である文学にのめり込んでいきます。喧嘩は負け知らずで、これまで何度も修羅場をくぐり抜けてきたことからプライドだけは高いマーティン。学歴はありませんが、世界中の港を旅して知見を広めてきたという自負があります。基本的な文法すら危うい彼が作家になってひと山あてようとするのは無謀な賭けなのですが、おカネと教養がないことが弱みである彼にとって、売れっ子作家になることは一石二丁の解決策なのです。エレナに対する情熱、上流階級に対する憧れ、持ち前の自尊心に支えられて書き続けます。

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もちろん簡単に作家になれるわけではありません。書き続けて船に乗らなければ収入も途絶えますので、どんどん困窮していきます。そんな彼を、前半では姉のジュリア(原作ではガートルード)、後半では下宿先のマリア(原作も同じ)が支え続けるのですが、肝心のエレナは文学を諦めさせ、父の力添えで別の道に進ませようとします。小学校中退の彼が、いつまでたっても芽が出ないのは当然という思いです。

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それに反発してますます文学にのめり込むマーティン。彼の思想の源泉となるのは原作も映画も同じくハーバート・スペンサーで、不可知論の議論の中でブリスと繋がり、彼が関係していた社会主義者の集会で演説したことによってエレナとその家族から忌避されることになります。彼自身は何度も強調するように社会主義者ではありませんが、集会で演壇に上がった姿が報道され、その一員とみなされてしまうのです。資本家にとって急進的な社会主義者はただの危険人物です。

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エレナと疎遠になっている間に、同じ世界で暮らすマルゲリータ(原作ではリズィー)と関わったり、ブリスの蜉蝣(かげろう)の一件があったりしますが、最終的にマーティンは作家として成功します。しかしその喜びも束の間で、それまで自分を見下していた人々が手のひらを返したように崇めるようになったことで社会に絶望し、幕を閉じることになります。

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この映画の最大の見どころは、何よりもルカ・マリネッリの演技でしょう。「グレート・ビューティー」では全身を真っ赤に塗って熱演していた彼ですが、本作では若くて無知なマーティン、上流階級を羨望の眼差しで見つめるマーティン、困苦に耐えて文筆に打ち込むマーティン、そして享楽的な日々を過ごすマーティンというさまざまな姿を演じ分け、それぞれで強い印象を残します。

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そしてダビッド・デ・ドナテッロ賞を受賞したという秀逸な脚本。よほど原作が好きなのか、場所を大きく変え、時代を曖昧にしながらも軸はぶれず、小説と同じ感銘を与えてくれます。16ミリフィルムで撮ったというノスタルジックな映像に、ムード歌謡のようなイタリアン・ポップを組み合わせるセンスも独特ですね。これからのピエトロ・マルチェッロ監督とルカ・マリネッリの活躍に要注目です。

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公式サイト
マーティン・エデンMartin Eden

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