ローマ中心部で暮らす3組の家族を描いていくドラマです。同じアパートに住んでいるという共通項があるものの、それぞれの家族に強い結びつきはありません。どの家族にも秘密があるという打ち出しとリンクさせたのか、邦題では“鍵”という言葉を使っていますが、原題は“三階建”という意味で、物語が三つの層で展開します。
監督は「息子の部屋」のナンニ・モレッティ(Nanni Moretti)。小さなエピソードを積み重ねながら、家族の難しさと可笑しさを描いていくイタリア映画らしい作品です。
3階に住んでいるのは法曹の夫婦と一人息子の家族、2階は夫が長期出張中の妊婦、1階で暮らし地上階を事務所にしているのは夫婦と一人娘の家族で、同じ1階に高齢者の夫婦も暮らしています。
映画の始まりは、3階の息子アンドレアが夜中に飲酒運転で帰宅し、アパート前で人身事故を起こす場面。陣痛で病院に向かおうと路上にいた2階のモニカがそれを目撃し、事務所に車を突っ込まれた1階の夫ルーチョと妻サラが飛び出してきます。
アンドレアの両親、母ドーラと父ヴィトリロは共に司法に携わる高学歴夫婦らしく、息子にも“我々の道”を歩ませようと厳格に育てたようです。その反動でアンドレアはこれまでも問題を起こし続けてきましたが、今回は車ではねた女性が亡くなり、いくら法曹界に顔が利く両親でも救う余地はありません。

1階の夫ルーチョと妻サラは共に仕事を持っている関係で、日頃から向かいの老夫婦に娘のフランチェスカの面倒を見て貰っていました。事故の日もメチャクチャになった事務所を片付けるまで娘を預かって貰ったのですが、お馬さんごっこの馬になっている夫レナートの様子を見て認知症を疑い、安易に預けるのは良くないと考え直します。

そう思いながらもベビーシッターが見つからず、また老夫婦にフランチェスカを預けてしまいます。ルーチョのもとにレナートの妻ジョヴァンナから、フランチェスカとレナートが行方不明になったと連絡があり、ルーチョはフランチェスカが好きな公園に違いないと探し回って二人を発見します。レナートは脚をいためたようで、ベンチに座るフランチェスカの膝枕で横になっていて、どうやら失禁もしているようです。
そんなレナートを見たルーチョは、フランチェスカが性的虐待を受けたのではないかと疑い始めます。入院したレナートの病室を訪ねて問いただしますが、認知症が悪化しているレナートはまともな受け答えができません。激情したルーチョはレナートの首を絞め、病院スタッフが彼を止めたことで未遂に終わりますが、暴行罪で起訴されることになります。

そして2階のモニカ。無事に娘ベアトリーチェを出産して帰宅しましたが、遠くで働く夫ジョルジョに会わせるのはしばらく先です。玄関先に大きな箱に入った贈り物があって、送り主は夫の兄ロベルト。兄弟は以前から不仲で、ジョルジョは不動産業で成功しているという兄と絶対に会おうとしませんが、兄は歩み寄ろうとしているようです。
モニカには精神疾患で施設に入っている母がいます。その病状が現れ始めたのが自分を出産した直後。モニカは自分に遺伝しているのではないか、これから同じ症状が現れるのではないかと心配しています。ときおりカラスの幻影を見るようになったことも気になります。

それでなくても娘と二人暮らしのモニカは常に不安です。事故の目撃者を求めて部屋を訪ねてきた3階のドーラにベアトリーチェの沐浴を手伝って貰い、束の間の安堵を感じるといった状態です。
そんな3組の家族が、それぞれの問題を抱えながら、5年後、10年後にどう変化していくかを追っていくこの映画。原作はイスラエルの作家エシュコル・ネボ(Eshkol Nevo)の「Three floors up」という、3編の中編小説で構成される作品だそうで、1階では幼い娘の安全への執着を告白し、2階では子どもを抱えて孤立し、3階では社会運動に参加して疎遠になった息子と再会しようとする物語が展開するようです。

これまでオリジナル作品ばかり手がけてきたナンニ・モレッティ監督が、その独立した3つの小説を脚本家のフェデリカ・ポントレーモリ(Federica Pontremoli)の協力を得て1本の映画に組み立て直したのが本作。隣人の10代の孫娘に惹かれたり、追われている義理の兄弟を匿ったり、亡くなった夫を相手に電話で語りかけるといった原作のモチーフを活かし、正義と罪、親であることの難しさ、といったテーマでまとめたそうです。

出演者もイタリアの実力派俳優を揃えていて、1階のルーチョを「9人の翻訳家」「LORO 欲望のイタリア」のリッカルド・スカマルチョ(Riccardo Scamarcio)、向かいの部屋に住む老夫婦を「イル・ディーヴォ」「ほんとうのピノッキオ」のパオロ・グラツィオージ(Paolo Graziosi)と「イル・ディーヴォ」「LORO 欲望のイタリア」のアンナ・ボナイウート(Anna Bonaiuto)が演じています。

2階の子育て中のモニカ役はアルバ・ロルバケル(Alba Rohrwacher)。「ハングリー・ハーツ」や「靴ひものロンド」と同じく精神的に壊れていく母親の役がぴったりはまります。その夫ジョルジョ役で「靴ひものロンド」では彼女の息子役だったアドリアーノ・ジャンニーニ(Adriano Giannini)が出ています。

そして3階のドーラ役をモレッティ作品の常連マルゲリータ・ブイ(Margherita Buy)、その夫ヴィトリロ役をナンニ・モレッティ監督が演じているのですが、モレッティ監督いわく、俳優兼監督はキツいが、クリント・イーストウッドが90歳で監督兼主役をやっているんだから、69歳の私にできないわけがない、とのこと。

家族のややこしさを掘り下げていく映画ですが、エンディングはそれぞれが明るい兆しに向かって旅立っていきます。安心して観に行ける一本です。

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