映画「リコリス・ピザ(Licorice Pizza)」

Licorice Pizza リコリスのピザなんていかにもマズそうですが、タイトルの由来は食べ物ではなく、かつて西海岸にあったレコード・チェーンの店名だそうです。リコリスの真っ黒な色とピザの円形がレコード盤をイメージさせるということですね。

監督は「ザ・マスター」「インヒアレント・ヴァイス」「ファントム・スレッド」のポール・トーマス・アンダーソン(Paul Thomas Anderson)。15歳の少年が25歳の女性に一目惚れし、年齢差を鑑みずに言い寄るという、この監督にしては驚くほどシンプルなボーイ・ミーツ・ガールのストーリーが、1973年当時の音楽やカルチャーを散りばめて展開します。

物語の中心となる少年ゲイリー・バレンタインを演じたクーパー・ホフマン(Cooper Hoffman)もその相手役アラナ・ケインを演じたアラナ・ハイム(Alana Haim)も映画初出演の上、舞台となるL.A.のサンフェルナンド・バレー(San Fernando Valley)は監督の地元ということで、まるで新人監督のデビュー作のような製作背景ですが、さすがPTA、選曲も映像も相変わらず抜群で、小さな役で大御所が何人も登場します。

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映画の始まりは、学校のアルバム撮影の順番待ちで並んでいる生徒たちの脇を、髪を整えるための櫛や手鏡は要らないかと訊きながら、カメラマンのアシスタントであるアラナが通り過ぎる場面。ふいに行列の中からゲイリーが話しかけ、彼女を食事に誘います。当然、アラナは呆れかえりますが、ゲイリーは自分が子役として稼いでいることをアピールして、レストランTail O’ the Cockで待っていると告げます。

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Tail O’ the Cockはスタジオシティのベンチュラ大通り(Ventura Blvd)に実在した店だそうですが、なぜ15歳のゲイリーがそこを指定したかというと、母親のPRの仕事を手伝っている関係で店のオーナーと知り合いだったから。彼は母親と弟の3人暮らしで、子役の仕事と並行して母親と働き、さらに弟の面倒も見ていて、15歳でありながら自立心に満ちています。シングルマザーという家庭の事情も関係しているかも知れませんが、米国では小さい頃から大人と対等に扱われるせいか、彼のように早くから大人の世界に入り込む人も少なくないような気がします。

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対するアラナは25歳でいまだ自分探しの途上。父親の不動産業が儲かっているからか、ユダヤ系の家庭はそういうものなのかわかりませんが、母親は専業主婦のようですし、彼女を含む姉妹3人とも働いている様子はありません。70年代初頭という、若者の多くが既成の価値観を疑い、自分らしい生き方を模索していた時代であると同時に、家庭では親の世代が旧い価値観で女性を縛っていた時代だったという背景もあるでしょう。打ち込める仕事を見つけようと果敢にチャレンジしながら、そこで出会う相手との結婚を夢見るという、どっちつかずの状態です。

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結局、アラナがレストランに現れたことで二人は親しくなり、その後、ゲイリーのニューヨークでの撮影に母親のアニタが同行できなくなった際、アラナに付き添いを頼んで二人の距離が縮まります。そこでアラナは俳優のランスと知り合い、L.A.に戻った後に自宅に招くような関係になるのですが、アラナの家族との夕食の席でユダヤ系のランスが“自分は無神論者だ”と宣言したことで、二人の関係も終わってしまいます。

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一方、ゲイリーはたまたま街で見かけたウォーターベッドに惹きつけられます。ビッグビジネスになると踏んだ彼はアラナを雇ってウォーターベッドの通販を始めます。展示会への出展中に人違いで逮捕されたり、ゲイリーがクラスメイトの女の子と仲良くしていることにアラナが嫉妬したり、いろいろ事件が起こるのですが、ウォーターベッドに関するエピソードで最大の見どころは映画プロデューサーのジョン・ピーターズの家への納品でしょう。

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本作の物語は監督の創作ですが、ゲイリーのキャラクターはハリウッドのプロデューサー、ゲイリー・ゴーツマンがモデルになっています。子役として活躍しながら、ウォーターベッドのビジネスを立ち上げ、政治家ジョエル・ワックスのキャンペーン広告の撮影に携わったり、ピンボールの店を開業した人だそうで、彼がPTAに語った話が映画のベースになっているとのこと。

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このジョン・ピーターズも実在の人物だそうで、ヘアメイクとしてバーブラ・ストライサンドと出会い、恋愛関係になった後、彼女が主演した「スター誕生」をプロデュースしたことで地位を築いていったようです。

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ここで繰り広げられるジョン・ピーターズの奇人ぶりも、それに対するゲイリーやアラナの行動も爆笑ものですが、ジョン・ピーターズ役を「スター誕生」のリメイクである「アリー/ スター誕生」に出ていたブラッドリー・クーパー(Bradley Cooper)が演じていることも小さな仕掛けになっています。

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また、女優になりたいというアラナをゲイリーがコネを使ってエージェントに紹介したりするのですが、その流れでアラナがオーディションを受けにいくジャック・ホールデンは実在の俳優ウィリアム・ホールデンがモデル、彼がアラナを誘って出かけたレストランで出会う映画監督レックス・ブラウは、ホールデン主演でグレース・ケリーが共演した「トコリの橋」の監督マーク・ロブソンがモデルで、そこにサム・ペキンパーの破天荒ぶりを重ねたようです。

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そのジャック・ホールデンを演じているのがショーン・ペン(Sean Penn)、レックス・ブラウを演じているのがトム・ウェイツ(Tom Waits)で、共に酔っ払い役が板に付いているというものの、どちらかというと、この程度の役にこれほどの大物をキャスティングしてしまうPTAの凄さに感心してしまいます。

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出演者でいえばPTAの妻であるマーヤ・ルドルフ(Maya Rudolph)がロケ地が近所だからか「インヒアレント・ヴァイス」に続いて出ているのですが、ゲイリー役のクーパー・ホフマンがPTA作品の常連俳優だったフィリップ・シーモア・ホフマンの息子であることにも注目でしょう。父子二代にわたって彼の作品を支えます。

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またアラナ役のアラナ・ハイムは、サンフェルナンド・バレー出身の三人姉妹バンド、ハイム(HAIM)で活躍している三女です。このバンドのRight Now(→Youtube)やLittle of Your Love(→Youtube)のミュージックビデオをPTAが撮影した関係で、よく知った仲なんだそうです。ちなみに実際の家族がそのまま映画の中でも両親と姉妹を演じています。

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ベトナム戦争の泥沼化や、第四次中東戦争によるオイルショックといった当時の時事ネタが、現代社会の出来事と呼応しているあたりも興味深い作品ですが、エンディングはボーイ・ミーツ・ガールらしいベタな展開になります。要するに、社会規範を気にして気持ちを押し殺すのではなく、自分が思うように生きていこうということ。主人公たちの疾走シーンがやたら目立つ映画ですが、込められたメッセージも爽快な作品です。

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公式サイト
リコリス・ピザLicorice Pizza

[仕入れ担当]