今年のラテンビート映画祭2本目は、スペイン人監督ダビッド・マルティン・デ・ロス・サントス(David Martín de los Santos)の作品。初の日本公開作となるこの監督、短編でいくつか小さな賞を獲っていますが、長編ではセビリヤ・ヨーロッパ映画祭ノミネートを果たした本作が最高位のようですので、ほぼ無名の監督と言って良いでしょう。
それにもかかわらず、主役マリアに「ペトラは静かに対峙する」で主人公の病床の母親役を演じたベテラン女優ペトラ・マルティネス(Petra Martínez)、重要な脇役ヴェロニカに「オリーブの樹は呼んでいる」主演のアンナ・カスティーリョ(Anna Castillo)、マリアの夫役に「誰もがそれを知っている」でペネロペの父親を演じたラモン・バレア(Ramón Barea)をキャスティングした豪華版です。

映画の始まりはベルギー第3の都市ヘントの病院から。
心臓発作を起こして入院している70代の老女、マリアの隣のベッドにヴェロニカという若い女性が入院してきます。彼女はふいに気絶して病院に運び込まれたそうで、自身の病状についてはまったく心配していません。むしろ検査結果が出るまで退院できないことが不満そうです。

マリアとヴェロニカは親子以上の年齢差ですので、最初はライフスタイルの違いでぎくしゃくしますが、二人ともスペイン人であることと、ヴェロニカのオープンな性格のおかげで次第に打ち解けていきます。彼女がアルメリア出身で、タラゴナやバルセロナで暮らした後、ベルギーに季節労働者として渡ってきたことなどが明らかになります。

対するマリアは多くを語りませんが、夫と成人した子どもたちが訪ねてくることから、この地に定住していることがわかります。
そんな中で彼女が唯一明かすのは、自分がレオン出身で生まれ故郷は湖底に沈んだということ。具体的な地名は出てきませんが、おそらくリアニョ貯水池(Embalse de Riaño)のことでしょう。1987年末に水門が閉じられ、9つの村が水没していますので、もしそうだとすれば今から30〜40年前に立ち退きになった村民の一人です。フアン・カルロスの即位が1975年ですから、彼女にとってスペインでの暮らしはほぼフランコ政権下の時代ということになります。
退院間近のある日、ヴェロニカが珍しく食事に手を付けないので理由を訊ねると、医師から心臓移植が必要だと告げられたとのこと。予想外の重病だと知って打ちのめされているのです。マリアはそんな彼女を不憫に思い、退院の際に自分の連絡先を渡します。

退院後、ヴェロニカの知人が他にいないということで病院からマリアに電話があり、それを機に彼女を見舞い、付き添うことになるのですが、ほどなくヴェロニカは逝ってしまいます。福祉局によると、身寄りのない彼女は火葬され、遺骨は廃棄されるとのこと。マリアは夫の反対を押し切ってヴェロニカの身元引受人となり、骨壺を受け取ります。

そしてヴェロニカ(通称ヴェロ)を故郷に葬るため、遺骨を抱えたマリアは数十年振りにスペインの土を踏み、ヴェロの関係者を捜し求めてアルメリアを旅することになります。よく知らない女性のために何故そこまでするかというと、一つはヴェロの奔放で自由な生き方に惹かれたということ、もう一つは若くして客死した彼女の無念を晴らすため彼女の分まで生きて楽しもうということだと思います。

ここから本作の核心であるマリアのロードムービーに切り替わっていくのですが、ポイントは彼女が70代になる今まで、冒険らしい冒険をしたことがなかったということ。スペインで暮らしていた頃は、上で記したようにフランコ政権下の抑圧された生活でしたし、その後も移住先で労働者の妻として慎ましく生きてきたのです。ですから彼女にとって結婚48年目の一人旅は、原題の通り、人生とはそういうものだったんだ、と再解釈する旅になります。

汽車とバスを乗り継いでアルメリアに辿り付きますが、ヴェロの親はCabo de Gata(当地の塩田)に活気があった時代に流れてきたフランス系とアラブ系の移民だったということで、誰も行方を知りません。

まともな宿さえないような打ち捨てられた村で途方に暮れるマリア。ところが、ヴェロの交際相手だったファンを探すうちにバー経営者のルカと知り合い、思いがけずさまざまな経験をすることになります。

そのルカを演じているのがルーマニア出身のフローリン・ピエルジク・Jr(Florin Piersic Jr)。そしてファンを演じているのが「ザ・トランスポーター」に出ていたというダニエル・モリーリャ(Daniel Morilla)。この若い男性2人と接するうちに、ペトラ・マルティネスの表情がどんどん活き活きしてきます。

「マジカル・ガール」「悲しみに、こんにちは」のサンティアゴ・ラカイ(Santiago Racaj)が撮ったアルメリアの寂寞とした風景も良い感じです。当地をクリストファー・ドイルが撮影した「リミッツ・オブ・コントロール」と見比べてみるのも一興かも知れません。

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