映画「わたしは、ダニエル・ブレイク(I, Daniel Blake)」

00 今年のカンヌ映画祭でパルム・ドールに輝いた作品です。2006年の「麦の穂をゆらす風」に続く2回目の受賞となるケン・ローチ(Ken Loach)監督。2006年はウォン・カーウァイ、今年は「マッドマックス」のジョージ・ミラーと、まったく傾向の違う審査委員長に選ばれていますので、カンヌ好みの監督なのでしょうね。

かく言う私もケン・ローチ作品は割と観ている方で、このブログでも「エリックを探して」「ルート・アイリッシュ」「天使の分け前」「ジミー、野を駆ける伝説」と新作はすべて取りあげているほか、息子のジム・ローチ監督「オレンジと太陽」もご紹介しています。

全作品を通じて、市井の人々に温かな視線を向けてきた監督ですが、本作はそれが特に強く打ち出されている作品です。

主題は貧困問題で、やみくもに福祉支出を削る行政と、それを推進する官僚主義を痛烈に批判。実際、寝室税(under-occupancy penalty)に触れたくだりでは、労働年金大臣(Secretary of State for Work and Pensions)だったイアン・ダンカン=スミス(Iain Duncan Smith)を名指しで皮肉っていますし、本作の公開後、現大臣のダミアン・グリーン(Damian Green)が映画の内容を否定しながら政策の正当性を訴える事態に至ってます。

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映画は大工として40年間働いてきたダニエルが心臓病で仕事を止められ、国の社会保障を受けようとする場面からスタート。受給資格の判定は米国系企業にアウトソースされており、医師でも看護師でもない医療専門家がチェックシートを埋めて、そのポイント数で決まる仕組みになっているようです。認定されなかったダニエルが、シングルマザーの保護申請に来て係員ともめていたケイティを助けようとしたことで彼らは知り合います。

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物価の高いロンドンで暮らすことを諦め、2人の子どもを連れてニューカッスルに引っ越してきたケイティ。街のこともわからず、保護も受けられない彼女を不憫に思ったダニエルは、アパートの配管や電気系統を修理してあげ、彼女が仕事に出ている間、子どもたちの送迎を代わってあげます。

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ダニエルの基本スタンスは、貧しいもの同士、互いに助け合って暮らしていこうということ。日本でも下町の職人さんにいそうなタイプです。公営住宅の隣室で怪しげな商売をしている移民っぽい若者とも文句を言いながらそれなりに親しく付き合っていますし、彼らからも慕われている様子です。本作では、それまで誠実に働いてきたダニエルが、身体をこわして社会福祉を受けようとした途端、考えられないような苦労を強いられる様子が描かれていきます。

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もちろん、ケイティも同じ状況です。子どもたちに空腹な思いをさせないようにと、食料品にはお金を払いながら生理用品を万引きして捕まってしまったり、フードバンクで我慢できず缶詰を開けて食べ始めてしまったり、シングルマザーの切実さを具体的に見せてくれます。

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リアリティを求めるケン・ローチ監督は、このフードバンクのシーンを実際の民間フードバンクで撮ったそうで、登場する人々もそこで働いているボランティアだそうです。脚本に沿って演じていたのはケイティ役のヘイリー・スクワイアーズ(Hayley Squires)だけで、交わされた会話もすべてアドリブとのこと。ジョーディは分かる?と訊いている人がいましたが、ニューカッスルに行ったことがある人なら経験したことのある会話だと思います。

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気になったのは、ここでもケイティが「生理用品は貰えないのかしら」と質問していたこと。ずいぶん昔の話ですが、私の留学中、日本から遊びに来た友だちが生理用品をお土産にくれて、その薄さにみんなが驚愕していました。英国で売られているものは厚くて質が悪い上に割高だったのです。

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まさか今でも同じ状況なのかとTESCOのサイトでSanitary Towelsを検索してみたところ、特売のAlways Ultraが14個入り£1.50で売られていました。だいたい210円といったところでしょうか。

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かけ離れて高いとは思いませんが、日本には同程度の価格でその2倍入っている商品もありますから、安い方の選択肢が少ないということなのでしょう。最近も、貧困層の少女が生理用品を買えなくて学校を休んでしまうので、アフリカ等へ送る支援物資の中から学校にも寄付して欲しいと英国の教員がアピールしている話(BBCThe Guardian)が報じられていました。

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ということで、ガールズトークのような締め括りになってしまいましたが、格差と貧困の問題を扱った本作、社会に警鐘を鳴らすだけでなく、ダニエルが亡き妻に思いを馳せるといった泣かせるシーンもあり、ケン・ローチ好きなら観ておくべき1本と言えるでしょう。

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なお、本作の配給会社は全上映を通じたチャリティプロジェクトを実施しています。私が観たチャリティ先行上映会(ゲスト:ピーター・バラカン)では、ケン・ローチ監督がビデオメッセージで、チャリティだけでは不十分だ、皆で声を上げていかなくてはいけない、と力説していましたが、やはり即効性があるのはチャリティでしょう。そういう意味でも観るべき作品だと思います。

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[仕入れ担当]