とても奇妙な映画です。去年のカンヌ映画祭で審査員賞を獲っていて、ある意味、通好みな映画だと思いますが、あまり一般受けするような作品ではありません。監督はギリシャ人のヨルゴス・ランティモス(Yorgos Lanthimos)。2作目の長編「籠の中の乙女」で2009年カンヌ映画祭「ある視点」部門でグランプリを受賞している実力派です。
敢えて分類すればSFということになるのでしょうか。物語の舞台となるのはすべての人が結婚を義務づけられた世界。アイルランドで撮影されたという映像(たとえばホテルの外部、内部)は特にSFっぽくありませんが、作品全体を覆う間の悪い雰囲気が一種の異界っぽさを醸し出しているような気もします。
主人公のデイヴィッドは妻に去られた男。この世界では、独身者は郊外のホテルに送り込まれ、そこで45日以内に配偶者を見つけなくてはいけません。もし期間内に配偶者を得られなければ、手術で動物に変えられてしまうことになっています。
ホテルへ到着するとまず性的嗜好などのインタビューを受けます。デイヴィッドはヘテロセクシャルを選び、相手が見つからなかった場合に変えられる動物としてロブスターを選びます。尊厳をたたえたまま長生きするから、というのが選んだ理由です。
彼が連れている犬は、何年か前にこのホテルに入れられ、相手を見つけられなかったデイヴィッドの兄。身寄りのない兄の面倒を弟がみているという図式でしょう。もしデイヴィッドがロブスターに変えられたら、犬はどうなるのかちょっと疑問に思いましたが、もともと不条理な映画ですから、そういうことは気にしなくて良いようです。
ホテル内では、カップルでいることがいかに大切か、寸劇を通じた啓蒙活動が行われています。またダンスパーティなどさまざまな婚活支援も行われます。デイヴィッドも、朝食の席で知り合った“滑舌の悪い男”と“脚の悪い男”とパーティに参加して女性を物色しますが、間の悪い雰囲気のままなかなかうまく収まりません。
“脚の悪い男”は意図的に鼻血を出して、鼻血に悩む女性と意気投合してカップル部屋に移っていきます。デイヴィッドも何とかパートナーを見つけてカップル部屋に移りますが、ある事件をきっかけに、ホテルから逃げ出すことになります。
ホテルの外に広がる森の中では、シングル至上主義のコミュニティがゲリラ活動をしています。こちらはホテル内とは逆に絶対に恋愛禁止。デイヴィッドも、独身でいたいと主張して仲間に入れてもらうのですが、近眼であるという共通項で一人の女性と親しくなり、恋愛関係に進んでいってしまいます。
二人の関係に気付いたコミュニティのリーダーが、彼らの関係が進まないように手を打つのですが、こういった強権を含め、いろいろなものの本質を示唆しながら展開していく作品です。
単純な見方をすれば、ホテルを含む一般社会vs森の中のゲリラ的世界=家族主義vs個人主義という対比になるのですが、どちらもコミュニティの理念が人間性に優先するという面で相似形になっているところがポイントです。これは少子化が進み、家族のありようにまで政府が介入するようになった現実社会のメタファーになっているのでしょう。
また、二人とも鼻血が出やすい、二人とも近眼である、といった表層だけで結びついていくあたりも、恋愛心理の単純さを揶揄していて面白いところです。前者は、動物にされたくないがためにウソをついて作り上げた関係で、後者は、恋愛禁止のタブーを乗り越えて命がけで作り上げた関係ですが、どちらに真実があるのか、どちらに価値があるのか、容易に割り切れず、考えさせられます。
主人公のデイヴィッドを演じたのは「クレイジー・ハート」で師匠思いの弟子を演じていたコリン・ファレル(Colin Farrell)。出世作「ダブリン上等!」を彷彿させるハチャメチャな私生活で注目されがちな俳優ですが、こういった静かな演技も出来るということをアピールできたのではないでしょうか。
彼とホテル内で仲間になる“滑舌の悪い男”を演じたのは「おとなのけんか」のジョン・C・ライリー(John C. Reilly)で、“脚の悪い男”を演じたのは「追憶と、踊りながら」のベン・ウィショー(Ben Whishaw)。そして森の中のゲリラのリーダーを演じたのが、「アデル、ブルーは熱い色」のレア・セドゥ(Léa Seydoux)。この二人は昨年末の「007 スペクター」で共演していましたね。
そういえば、デイヴィッドと恋愛関係になる“近眼の女”を演じたレイチェル・ワイズ(Rachel Weisz)はダニエル・クレイグと結婚していますので、意図したわけではないと思いますが、結果的に007シリーズ関係者で周りを固めた感じになっています。
公式サイト
ロブスター(The Lobster)
[仕入れ担当]