映画「アイアンクロー(The Iron Claw)」

The Iron Claw 米国プロレス界で広く知られたフォン・エリック家の悲劇を題材にした劇映画です。監督は「マーサ、あるいはマーシー・メイ」のショーン・ダーキン(Sean Durkin)。人気レスラーだった父親とその息子たちの物語ですので、レスリングの場面が何度も登場しますが、プロレス映画というより、家族関係にフォーカスしたヒューマンドラマの色合いが強くなっています。フローレンス・ピュー主演の「ファイティング・ファミリー」で書いたように、私はまったくプロレスのことはわかりませんが、それでも十分に楽しめました。

映画の始まりはフリッツ・フォン・エリックが必殺技のアイアンクローを繰り出し、観客の熱狂が響き渡るリングのモノクロ映像。そして試合終了後、会場から出てきた彼を妻のドリスと2人の息子が迎え、駐車場に停めていたトレイラーハウスに向かいます。どうやらここに寝泊まりしながら地方巡業しているようです。

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トレイラーハウスの近くまで来たとき、ドリスが驚きの声を上げます。牽引車がいつの間にかキャディラックに変わっていたのです。フリッツいわく、成功したければキャディラックに乗れと言われたので試合中に車を替えてもらった、次は家を買いたい。
ドリスは“車のレンタル費だけでも苦しいのに”と嘆いて神に祈り始めますが、結局、フリッツの野望は果たせたようで、続くカラー映像では家族6人でテキサスの大きな家に暮らしています。

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フリッツとドリスには6人の息子がいたのですが、長男のジャック・ジュニアは夭逝しており、六男のクリスは年齢が離れているせいかこの映画では触れられません。本作に登場するのは次男のケビン、三男のデビッド、四男のケリー、五男のマイクの4人。ケビンとデビッドは父親と同じくプロレスラー、ケリーは円盤投げのオリンピック強化選手、マイクはミュージシャンを目指してバンド活動をしています。

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現役を退いたフリッツはWCCWという興業会社を所有し、プロモーターとしてプロレスに関わっています。NWA世界ヘビー級王座獲得という、自らが叶えられなかった夢を息子たちに託したわけですが、息子たちも父親の夢を継ぐことが家族の幸せだと信じて疑いません。単に仲が良いというだけでなく、家族の絆こそがファミリービジネスの基盤であり、一家の生活の糧となっているのです。

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ある試合の後、ケビンはパムという女性と知り合い、次第に惹かれていきます。家族とプロレスがすべてだったケビンにとって初めての恋愛です。彼はパムとの最初のデートで“うちは呪われた一家なんだ”と告げます。長男のジャック・ジュニアが亡くなったのは、父が“フォン・エリック”と名乗った呪いだというのです。

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フリッツは本名をジャック・アドキッソンというのですが、プロレスデビューする際、母方の祖母の旧姓であるエーリッヒ(Erich)からとったフォン・エリック(Von Erich)というリングネームを名乗り、邪悪なドイツ人というキャラクター設定をしました。ナチスやホロコーストのイメージで悪役を演じたわけですね。それが“フォン・エリックの呪い(Von Erich Curse)”の元凶だと信じられているのです。

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7歳だったジャック・ジュニアがトレイラーハウスの傍らで事故死したことが、映画の冒頭の“子どもの安全のために家を買いたい”という発言に繋がっているそうですが、全米チャンピオンを獲得しながらも世界チャンピオンにはなれなかったのは、ナチスの不吉なイメージを背負った悪役(ヒール)から善玉(ベビーフェイス)に転向する際の業界内の取引条件だったようです。だからこそ、何もくびきのない息子たちに世界チャンピオンを目指させたかったわけです。

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しかし、実際にはフリッツの息子たちへの期待が“呪い”になっていきます。家族を愛すること、家族のために全力を尽くすことが絶対的な信仰となり、息子たちはその呪縛に捕らわれることになります。

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兄弟で最初にNWA世界王座に手が届きそうになった三男デビッドは、不調を抱えたまま日本に遠征して病死します。四男ケリーはモスクワ五輪ボイコットで円盤投げの道を断たれ、レスラーになるのですが、デビッドの追悼興行で王座を獲得したもののオートバイ事故で右足を切断。また音楽に見切りを付けてレスラーになった五男マイクは、負傷した肩の手術でショック状態となり、かろうじて回復したものの苦しんだ末に命を絶ちます。そして義足で復帰を果たしたケリーも最終的に自死を選ぶことになるのです。

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次男のケビンただ一人が生き残るわけですが、きっと妻のパムと息子が心の支えになったのでしょう。父が仕込んだ試合をぶちこわしにすることで、家族、というより父親の呪縛から逃れ、自分なりの生き方を見出していきます。また母ドリスも主婦の仕事を放棄し、好きな絵画に打ち込むことでフリッツから離れていきます。各々がフリッツが思い描いた家族像から自由になるのです。

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アイアンクローという技はフリッツ・フォン・エリックの代名詞だそうですが、この映画の主役は次男ケビンを演じたザック・エフロン(Zac Efron)です。プロレスラーのような筋肉隆々のカラダ作りも目を引きますが、家族を愛するが故に自らの辛さや悲しみを抑え込み、弟たちの活躍を支える誠実な姿が胸を打ちます。特に終盤、幼い息子たちとの会話で涙する場面は染みいるような名演です。

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最も将来が嘱望されていた三男デビッドを演じたハリス・ディキンソン(Harris Dickinson)は、若手ながら「キングスマン ファースト・エージェント」「ザリガニの鳴くところ」「逆転のトライアングル」と幅広く活躍している英国出身の俳優です。次作ではニコール・キッドマンと共演するようです。

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父フリッツ役は「ハドソン川の奇跡」や「ナイトメア・アリー」に出ていたホルト・マッキャラニー(Holt McCallany)。そしてケビンの妻パム役を「マンマ・ミーア!ヒア・ウィー・ゴー」「ガーンジー島の読書会の秘密」「イエスタデイ」のリリー・ジェームズ(Lily James)が演じています。

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公式サイト
アイアンクローThe Iron Claw

[仕入れ担当]