2014年のカンヌ映画祭ある視点部門で「フレンチアルプスで起きたこと」が審査員賞を受賞して(グランプリではないのに)注目を集めたスウェーデンのリューベン・オストルンド(Ruben Östlund)監督。次作「ザ・スクエア」がパルム・ドールに輝き、続く本作でもパルム・ドール受賞という快挙を成し遂げました。2度のパルム・ドール受賞者は9組いるそうですが、連続2作受賞はビレ・アウグスト、ミヒャエル・ハネケに続く3人目だそうです。
初の英語作品とのことですが、あの間の悪い感じは相変わらずで、前々作の家族、前作の現代アート界に続き、本作ではファッション業界や富裕層の偽善や胡散臭さを俎上に上げていきます。
主人公のカールとヤヤのカップルは共にモデルで、幕開けはファッションショーのオーディション会場で男性モデルたちがインタビューされている場面。ファッションジャーナリストと思われる男性司会者が、待機中の男性モデルたちにマイクを向けます。
“ご両親はモデルの仕事を支持していますか?”
“ええ、最初から全面的に”
“お父さんも?”
“そうですけど何故?”
“だって収入は女性モデルの1/3だし、同性愛者に追っかけ回される仕事でしょ”
こんな感じで男性モデルの仕事を貶した後にカールの順番が回ってくるのですが、ここで司会者は、ハイブランドのモデルは見下したような表情、安いブランドはスマイルだという珍説を披露し、カールにそれぞれのモデルの顔をさせるのです。彼が“H&M”と言えば満面の笑顔、”バレンシアガ”だとしかめ面、と繰り返しオモチャにされるカールがかわいそうになってきます。

そしてオーディションが行われている別室へ。
キャスティング担当者の指示でデザイナーの前を歩かされるのですが、それを不満げに眺めていた担当者、カールの傍らにくると、現代のファッションは表面だけでなく内面が重要だから歩くときに好きな曲を思い浮かべるようにと言って、ビージーズの曲を口ずさみながら歩いて見せます。かなりバカバカしい情景ですが、それに真面目な表情で応じるカールが哀れです。
するとデザイナーが“Triangle of Sadnessをリラックスさせて”と言い、目の間を指さして見せます。眉間のしわのことですね。これがこの映画のタイトルの由来ですが、要するに眉間にしわが寄るような苦労をしてきた人と苦労知らずに暮らしている人の話です。

場面は変わってファッションショーのランウェー。背景にはEVERYONE’S EQUALというキャッチフレーズが見えます。その“誰もが平等”を謳うブランドのショーにモデルとして出ているヤヤを、開始直前に来場したセレブのせいで最前列から後列に追いやられたカールが見ています。
その晩、高級そうなレストランで食事したカールとヤヤ。テーブルには食べかけのデザートと伝票が置かれています。つまり食事を終え、支払の段階になっているのですが、おもむろに化粧直しを始めたヤヤを見ながら渋面で財布を取り出すカール。ヤヤが不思議そうな表情で“どうしたの?”と問いかけます。

そうやって”Thank you, honey”って言われたら僕が払うしかないじゃないか、昨晩は君がご馳走すると言っていたのに、とカールが答えると、あなたが伝票に手を伸ばしたから支払いたいのかと思った、とヤヤが返します。
伝票が来ても君は知らんぷりしていた、気付かなかったのよ、ずいぶん前から伝票があった、という細かい言い争いから、これはジェンダーロール(性役割)の問題だという話に発展し、私たちの関係はお互いを利用し合うためのもので私のゴールはトロフィーワイフ、とヤヤが言い放つことになります。気まずい雰囲気が映画館内まで広がってきますので、デートムービーとしてお勧めできないでしょうね。

もちろんこれで終わりではなく、ここから三部構成の第二部に進み、場面はギリシャ西岸を航行中の豪華クルーザー上に変わります。

ヤヤはモデル兼インフルエンサーとして人気があり、その関係でこの航海に招待されたようです。

ヤヤとカール以外の乗船客は富裕層ばかりで、肥料で財を為したロシア人ディミトリと妻と愛人、武器商人である老夫婦などが登場します。ロシア人が扱っているのは有機肥料らしく、職業を訊かれると“I sell shit(クソ売りだよ)”と答えるのが決まり文句になっているようです。一方、国連が対人地雷を禁止したときは25%減益になって大ピンチだったけど夫婦で力を合わせて乗り越えたという自慢話をする武器商人の夫はウィンストン、妻はクレメンタインという名で、英国の元首相チャーチル夫妻を思わせる仕掛けになっていています。

白人クルーたちは、下船時に多額のチップを貰うためにあらゆる要求に応えようとリーダーのポーラから気合いを入れられます。下働きのアジア系船員たちは乗船客の視界に入らないよう黒子に徹して働いています。ただ一人、船長のトーマス・スミスは俗物たちとの交流を厭っているようで、自室で酒を飲んでばかりいて乗船客への挨拶すらしません。

とはいえ、キャプテンデイナーを催し、乗船客を招待するのが慣例です。嫌がる船長をポーラが説得して了承させたところまでは良かったのですが、行き違いで低気圧に見舞われる木曜日に開催されることになってしまいます。その上、乗船客のワガママでディナー前に全乗員がウォータースライドを滑ることになり、放置されたタコが傷むトラブルがあったりするのですが、それはともかく荒波にもまれながらのディナーとなります。

ここからのシーンは画面が大きく揺れ、登場人物たちが嘔吐しまくります。またタコのせいかお腹を下す人もいて、仕舞いにはトイレが詰まって逆流しますので、観ていて気分が悪くなるかも知れませんが、併行して展開する、酔っ払った船長トーマスとロシア人ディミトリの掛け合いも見逃せません。2億5千万ドルの豪華クルーザーの船長である共産主義者の米国人と、その乗客である資本主義者のロシア人が、偉人たちの名言を競い合うように並べて互いを皮肉り合うのです。

地中海でこんなに揺れるのか、という疑問もありますが、なぜかソマリア海賊のような一味も現れ、彼らが放った手榴弾であえなくクルーザーは難破します。ここで第二部が終わり、遭難者の一部が無人島と思われる海岸に流れ着いたところから第三部が始まるのですが、話を二転三転させながら引き続き楽しませてくれますので、船酔い気分を吹き払ってご覧になってください。
カール役のハリス・ディキンソン(Harris Dickinson)は「キングスマン:ファースト・エージェント」でレイフ・ファインズ演じるオックスフォード公の息子役を演じていた英国人俳優です。「ザリガニの鳴くところ」では主人公と交際する裕福な青年役で出ていましたね。

ヤヤ役はモデルのチャールビ・ディーン(Charlbi Dean)で残念なことにこの映画が遺作となりました。彼女のinstagramが残されているのですが、ヤヤかと思うような写真で溢れていて複雑な気持ちになります。

船長役は「ハンガー・ゲーム」「ガラスの城の約束」「スリー・ビルボード」のウッディ・ハレルソン(Woody Harrelson)で、その他、ネタバレになるので文中では触れていませんがフィリピンのベテラン俳優ドリー・デ・レオン(Dolly de Leon)が良い味を出しています。

公式サイト
逆転のトライアングル(Triangle of Sadness)
[仕入れ担当]