緻密に組み立てられた構成で楽しませてくれるサスペンスです。無関係に見えていた様々な事象がパズルのピースのように組み合わさっていく流れが心地よく、最後まで飽きさせることはありません。
映画の始まりは強い陽射しが照りつけるコートジボワールの街アビジャン(Abidjan)の埃っぽい路上。人や車が無秩序に行き交う中を黒人青年が自転車で走っています。オンブするように自分の両肩に前足をかけさせて背負っているのは山羊のようです。自転車を停めて建物に入っていく際、番人のような青年に告げた言葉から“パパ・サヌー”に会いに来たことがわかります。捧げ物を持って宗教指導者の教えを請いにきたのでしょうか。

一転、場面は寒そうな山景色に。大きな牧舎の傍らに停まった車から降りてきた女性はアリスで、彼女が訪ねる牧舎の主はジョゼフ。アリスは当地でケースワーカーのような仕事をしており、ジョゼフは少し前に母親を失って精神的に弱っていることがわかってきます。彼に対する公的な支援が彼女の仕事のようですが、どうやらそれ以上の関係にあるようです。

少し後にアリスに夫がいることが判りますので、ジョゼフとの関係は不倫ということになります。アリスと夫ミシェルの関係はうまくいっていないようで、ミシェルは夜遅くまで納屋の事務スペースにこもって帳簿を付けています。隣にはアリスの父が暮らしているのですが、帰宅したアリスは、納屋でコンピューターに向かう夫と、隣家の父に夕飯を届けてまわります。

TVニュースにジョゼフの農場からの帰り道で見かけた車が映り、それに乗って来た女性が行方不明になっていることを知ったアリスのもとに、旧知の警官セドリックが訪ねてきてきます。セドリックがジョゼフに疑いの目を向けているように感じたアリスは、再び彼の牧舎を訪れますが、彼の姿はなく、奥の方で彼の愛犬が射殺されて横たわっているのみ。ふいに物陰からジョゼフが現れ、事情を聞こうとすると乱暴な態度で追い返され、同情心から関係をもったつもりだったのに彼に依存していることに気付いて傷つきます。

ミシェルが復讐のために犬を撃ったのではないかと疑うアリス。その晩、ミシェルが顔から出血して帰ってきます。ジョゼフと争ったに違いありません。傷の手当てをして寝かせますが、その翌朝、彼は失踪してしまいます。アリスは警官セドリックとあの山道を通ってミシェルを探しにいき、その途中でジョゼフとの関係を打ち明けます。

これがアリスの視点からみたこの事件のすべてです。この映画にはいわゆる羅生門効果(最近の流行なのでしょうか)が使われていて、登場人物それぞれの視点からこの事件を描いていくのですが、その先陣を切るアリスの章では事件の全体像を示すのみで核心には触れません。続く各章でアリスが目にした場面の背景が明かされていくことになります。

続いて語られるのはマリオンの物語。エロー県セット(Sète)のホテル&レストランで働く彼女が、裕福な女性客エヴリーヌ・デュカと出会って恋に落ちます。年齢差が20歳ほどあり、既婚者であるエヴリーヌは一時的な関係と考えたようですが、彼女に夢中になったマリオンは、エヴリーヌの山荘があるモンブリュン(Montbrun)までヒッチハイクして追いかけます。

ミシェルとアリスが暮らすフロラック(Florac)はモンブリュンの東側、ジョセフの農場があるメリュイ(Meyrueis)はその南側の山麓ですから、ここで2つの物語に地理的な繋がりが生じます。その後、山道に車を停めて行方不明になった女性がエヴリーヌだとわかりますが、彼女らとアリスたちの間に交流はなく、仕事など社会的な接点を持つ可能性もありません。真相に至る秘められた繋がりのベールが一枚ずつ剥がされていきます。

結果として彼らを繋ぐハブになっていたのがコートジボワールで山羊を背負っていた青年アルマンだとわかっていきます。彼が仕掛けたことが偶然の出会いで意図せぬ結果を招き、連鎖的に人々を巻き込んでしまうわけです。最後にはこの事件と関係ない周辺部の繋がりまで描かれ、すべてが繋がっていたという結論に落ち着くのですが、細かい伏線まで漏らさず回収していく、よく練りあげられた作品だと思います。

監督は「ハリー、見知らぬ友人」のドミニク・モル(Dominik Moll)。主なキャストとしては、中盤までの物語を先導していくアリス役はロール・カラミー(Laure Calamy)、後半で強い印象を残していくマリオン役はナディア・テレスキウィッツ(Nadia Tereszkiewicz)といった日本ではあまり知られていない俳優が演じている他、いつの間にか主役になるミシェル役を「ジュリアン」で別居中の父親役だったドゥニ・メノーシェ(Denis Ménochet)、ジョゼフ役を「レ・ミゼラブル」のステファン役ダミアン・ボナール(Damien Bonnard)、エヴリーヌ役を「アスファルト」で疲れた美人看護婦役だったヴァレリア・ブルーニ・テデスキ(Valeria Bruni Tedeschi)が演じています。

公式サイト
悪なき殺人(Only the Animals)
[仕入れ担当]