映画「ディック・ロングはなぜ死んだのか?(The Death of Dick Long)」

DickLong 仲良し3人組の1人が“ある種の事故”で重傷を負い、原因究明されたくない2人が彼を救急病棟の前に置き去りにしたことから始まるサスペンス風味の映画です。その謎解きの核である“ある種の事故”があまりにもあんまりで、苦笑を禁じ得ないことからコメディとされているのでしょうが、ストレートなお下劣タイトルの割にシンプルな笑いを呼ぶ作品ではありません。人間の愚かさに悲哀を滲ませるタイプの映画です。

監督は「スイス・アーミー・マン」のダニエル・シャイナート(Daniel Scheinert)。あの映画も死体とのやりとりの珍妙さと、妙に真面目な作りがアンバランスでしたが、本作もとても几帳面に作り込まれていて、真摯な演技も映像の美しさも引けをとりません。ちなみに撮影監督は同じ人ではなく、アシュリー・コナー(Ashley Connor)という1987年生まれの女性です。

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映画の始まりは、アマチュアバンドを組んでいる3人がガレージのような場所で練習している場面。サザン・ロック風の曲調が、ロケ地であるアラバマ州の空気感とぴったり合います。夜も更けてきた頃、3人は練習を終え、外に出てはめを外して遊びます。酒を飲み、花火をしたり、ショットガンをぶっ放したり・・・。

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しかし次の場面で車に乗っているのはジークとアールの2人だけ。実は後部席に瀕死の重傷を負ったディック・ロングが横たわっていて、彼をどう取り扱うかが2人の今の最大関心事です。ディックが死んだことでパニック状態になった2人は遺体を病院の駐車場に放置して逃げてしまいます。

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翌朝、娘のシンシアを学校に送っていこうとしたジークは後部座席の血だまりを見て慌てふためきます。シーツで覆って見えないようにしますが、そこに座った娘の背中が血まみれになっていることにガソリンスタンドで気付いたジークは、娘を自宅に連れて帰って着替えさせ、アールを呼んで学校に送って行って貰います。

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そのガソリンスタンドで、たまたまそこに居合わせたダドリー巡査と接点を持つことになるジーク。ディックの身元が割れないように彼の財布を持ち帰っていたのですが、その財布についてシンシアから訊かれ、拾ったと答えたことから、行きがかり上、巡査に渡すことに……。つまり、友だちの財布を拾得物として警察に届けているわけで、事情がわかった途端に疑われる、明らかに不審な行為です。こういった間の悪い状況がいくつも積み重なり、ジークはどんどん追い込まれていってしまいます。

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もちろん妻のリディアからも疑われます。血痕を落とせなかった車を処分し、盗まれたとウソをついたジークは、最終的に“ある種の事故”の真相を明かさざるを得なくなるのですが、それを話したことで別の不信感を抱かせることになり、夫婦関係が壊れ始めます。

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アールはもともと抱えているものが少ない、というより何も抱えていないタイプで、町を出るとガールフレンドのレイクに宣言したとき訝しがられますが、共に根無し草のようなライフスタイルですのであまり問題になりません。それとは反対に、ディックの未亡人ジェーンはシンシアが通う小学校の教師で、登場人物の中で最も堅実な生き方をしています。ディックが帰らなかった朝も、彼が浮気をしているのではないかという凡庸な問いをジークに投げかけます。

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死体遺棄事件の捜査に当たるのは地元のスペンサー保安官。いつも杖をついている老婦人で、彼女が指揮を執り、ダドリー巡査がサポートすることになります。ほどなく被害者の死因が判明するのですが、身元はなかなか明らかにならず、そのせいで遺棄事件とは無関係にダドリー巡査とジークたちは接点を持つことになり、映画の観客は“いつボロが出るのか”と思いながら成り行きを見守ることになります。

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この映画の面白さは、とぼけた内容と几帳面な作風のズレ、そしてディテイルへのこだわりでしょう。たとえばジークとアールは“ある種の事故”の原因であるコメットへの愛情を除けば非常にありふれたレッドネックです。またダドリー巡査はレズビアンなのですが、相手はキッシュを焼いて家で待っているような古い良妻タイプ。どちらも米国中西部らしい田舎の価値感と、あまり一般的ではないズレた価値感を併せ持っていて、それを違和感なく重ねてみせるあたりは描き方の妙でしょう。嘘で深みにはまってしまう人間の業だけでなく、馬鹿馬鹿しい設定にも掴みどころのない魅力を感じます。

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主役ともいえるジークを演じたのはマイケル・アボット・Jr.(Michael Abbott Jr.)、その相棒であるアールを演じたのはアンドレ・ハイランド(Andre Hyland)。どちらもあまり有名俳優でないことが、ある種のリアリティに結びついているのかも知れません。ジークの妻リディアはバージニア・ニューコム(Virginia Newcomb)、アールのガールフレンド、レイクはスニータ・マニ(Sunita Mani)、ディックの妻ジェーンはジェス・ワイクスラー(Jess Weixler)が演じています。ワイクスラーはどこかで見たような、と思ったら「ラブストーリーズ」で妹役だった人ですね。

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ほぼ死体の状態でしか映らないディック役はダニエル・シャイナート監督が自ら演じています。その他、スペンサー保安官役はジャネル・コクラン(Janelle Cochrane)、ダドリー巡査役はサラ・ベイカー(Sarah Baker)です。

公式サイト
ディック・ロングはなぜ死んだのか?The Death of Dick Long

[仕入れ担当]